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君と創る明日     月桜可南子
       エピローグ
 うだるような暑さにもめげず、英夏は伝票の数値を目で追いかけていた。この検品作業のアルバイトは二回目なので要領も熟知し、仲間からも頼りにされているのが嬉しい。大学最後の夏休みに、須賀と出会った二年前と同じバイトをすることにしたのは、英夏なりのケジメだった。
 突然、背中に冷たい物が押しつけられて、英夏はギョッとした。
「お疲れ!」
 弾むように声を掛けられ、ゆっくりと振り返る。そこには、お茶のペットボトルを手にした成利がいた。
「また、サボりに来たのかよ」
 わざと不機嫌に言うと、成利は照れたように笑う。
 英夏は、すでに文具メーカーに就職が決まっていた。INOHコーポレーションに就職しなかったのは、英夏の両親が、大阪支社にいる須賀と英夏が何かのはずみで顔を合わせるのではないかと危惧して反対したためだった。
「今日は残業になるから、先に夕食を食べててくれよな」
「ふうん、またなんだ。今週はずっとだね」
 しょんぼりした英夏を見て、成利は慌てた。
「でも、九時までには必ず帰るから。あ、そうだ、わらび餅でも買って帰ろうか?」
 何とかご機嫌を取ろうと、英夏の好物をチラつかせてみる。かつての須賀と同じ轍を踏むほど成利はバカではない。
「要らない! オレはもう子供じゃないから、男は仕事第一だってわかってるよ」 
「ありがとう、英夏。でも僕は、英夏が一番で仕事は二番目だから」
 にっこり笑って恥ずかしいことを平然と言う成利に、英夏は真っ赤になった。
 就職した成利は、昔のように英夏にべったりというわけにはいかなくなったが、その分、英夏に惜しみなく甘い言葉を与えてくれるのだ。それに、仕事とプライベートはきっちり分けていて、休日は英夏をたっぷり甘やかしてくれる。
 成利が残業なら、今日は街に出て彼の誕生日プレゼントを下見しようと英夏は考えた。こんなふうに一人の時間を楽しめるようになったのは、つい最近のことだ。
 子供だった自分が、どれほど我が儘を言って周りの人間を困らせたか、今ならわかる。その最たる相手が成利と須賀だ。皮肉なことに、英夏は須賀と暮らしたことで初めて、成利がいかに得難い存在なのか悟ったのだ。
 須賀は去っていったが、成利は英夏を見捨てることなく今も寄り添っていてくれている。その幸せを噛みしめながら、英夏は差し出されたペットボトルを受け取ると、頬を寄せてその冷気を楽しんだ。
           END         
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