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君と創る明日・11-18     月桜可南子
       act.11
 阿川氏は、「慣れない土地で体調を崩しただけだ」と、病院の名前はもちろん病名すら教えてくれなかった。成利は、かえってそのことから、ただならぬものを感じ取った。
 英夏の兄・敏宏に電話すると、「今度会ったときにでも話す」とはぐらかされてしまった。居ても立ってもいられず、成利は敏宏が勤めるM菱商事のロビーで待ち伏せた。敏宏は、成利の顔を見て、これ以上隠し通すのは酷だと思ったのか、ようやく事の次第を話してくれた――。
 敏宏が、真夜中にかかってきた電話に叩き起こされたのは、4月10日の午後11時だった。掛けてきたのは須賀俊輔で、ひどく取り乱していて話が要領を得ない。敏宏は胸騒ぎを覚えて、夜の高速を飛ばして駆けつけた。
 英夏は、アパートのベッドに毛布を被ってうずくまっており、懸命に話しかけても反応がなかった。見る影もなく痩せ細った身体と、虚ろな瞳。敏宏はすぐにピンときた。覚醒剤中毒だ。
 須賀を問いただすと、英夏が媚薬だと言って年末頃から使い始めたという。敏宏は慌てて父親の阿川氏に連絡を取り、口の固い知人の病院へ英夏を入院させた。


 英夏は、静岡にある長期療養型病院に入院していた。窓に鉄格子がはまってさえいなければ、そこはごく普通のありふれた病室だった。英夏はベッドで上半身を起こして雑誌を読んでいたが、成利の顔を見て柔らかく微笑んだ。
「ありがとう……来てくれたんだ」
 何もかも諦めたような投げやりな瞳に、成利は英夏との距離を感じた。あの幼く無邪気な英夏はどこへ行ってしまったのか。そこにいるのは、成利の知る英夏ではなかった。
「入院したんなら、知らせてくれれば良かったのに、水くさいじゃないか」
 成利が明るく話しかけると、英夏はそっと目を伏せた。
「……憶えてないんだ。入院したときのこと。でも最近は、頭もすっきりして…気分も良くなって……成利にメールしようと思ってた」
 俯いたまま、ポツリポツリと話す英夏は怠そうだ。
「英夏、熱があるんじゃないか?」
 成利が英夏の体温を確かめようと伸ばした掌に、英夏は飛び上がらんばかりに驚いてベッドの端まで後ずさった。
「ごめん、脅かしちゃったね。英夏があんまり怠そうだから、熱がないか心配だったんだよ」
 必死で英夏に笑いかけながら成利は掌を引っ込めた。英夏は決まり悪そうに上目遣いで成利を見る。二人の間に横たわる奇妙な緊張と距離に、成利は泣きたくなった。
 気まずい再会を終えて、成利が病室を出ると、須賀はナースセンターの脇に佇んでいた。週末は、大阪からこの静岡まで欠かさず通って来ると、英夏の兄が言っていたのを思い出した。成利の視線に気づいた須賀が、成利に小さく会釈する。成利も会釈を返す。それきり二人は黙って見つめ合った。
 あれほど自信に満ちあふれた男は、疲れ果てた顔で、酷く老け込んで見えた。男の全身に、その苦悩が浸み出しているようで、成利は責めることも罵ることも出来ず、ただ立ちつくしていた。
 やがて、須賀は意を決したように唇を引き結ぶと、成利に歩み寄った。
「今さら……こんなことを頼める義理ではないと…わかってはいるんだが……二、三ヶ月、英夏を預かってもらえないだろうか?」
「どういうことですか?」
 思いがけない須賀の頼みに、成利は混乱した。まさか英夏を捨てるつもりですか? とは聞けず、須賀の顔を凝視する。
「英夏が、大阪に戻りたくないと言ってるんだ。だが、誤解しないで欲しい。俺達は別に仲違いしたわけでも、ましてや別れるつもりもない。英夏は今、不慣れな大阪での生活に酷く疲れているから、落ち着ける場所で休ませてやりたいんだ」
「落ち着ける場所……」
 成利は須賀の言葉をオウム返ししながら、これまで環境の変化に戸惑ったであろう英夏の苦労に思いを馳せ、胸が痛んだ。
「残念ながら、それは俺の側ではないらしい」
 珍しく須賀の口から敗北を認める言葉が漏れ、成利は微かな優越感を覚えた。ピエロのような役回りだが、英夏のためならそれも仕方ない。
「わかりました。英夏が承知してくれるなら、僕は構いません」

 
 成利のマンションに戻ることを英夏はすんなりと受け入れた。知り合いが一人もいない大阪で暮らすのも、実家に戻るのも嫌なら、残る選択肢は成利の元だけなのだから、異論があろうはずがない。
 しかし、二人の間に以前のような和気藹々とした空気は戻ってこなかった。同じ部屋で同じ空気を吸っているのに、何万光年も離れているような気がする。成利は居たたまれなかった。
 何がこんなにも英夏を変えてしまったのか。一体、須賀との間に何があったのか……。
 しかし、英夏に聞くことは出来なかった。そんなことをすれば、英夏がどんなに傷つくか、成利は本能的に悟っていたからだ。今、自分に出来ることは、英夏に安らぎの時間を与えることだけだ、と自らに言い聞かせた。



       act.12
「退院おめでとう、英夏」
 英夏が成利のマンションに移った週の日曜日、英夏の好きな白バラを持って現れた英夏の兄・阿川敏宏は、上機嫌だった。英夏が神経質になっているため、家政婦の出入りも必要最低限にして、成利は英夏に付きっきりだった。ともすれば、鬱々とした気持ちになりがちな成利にとって、陽気な敏宏は大歓迎したい人物だ。
「おっ、シーフード・リゾットかぁ。美味そうだな」
 英夏がほとんど手を付けていない皿を覗き込むと、敏宏は海老をひとつつまんで口に入れる。英夏は眉を顰めたものの、不満を口にしなかった。口で兄に勝てた試しがないからだ。
「よくスプレーウイットが手に入りましたね。扱っている店は少ないのに」
 バラを花瓶に生けて、ダイニングテーブルに運んできた成利が、感心したように言った。
「僕がどこに勤めているか忘れちゃ困るな。天下のM菱商事だぜ。可愛い弟のために退院祝いを奮発したんだ」
「これでドン・ペリがあれば最高なんだけどなぁ」
 陽気な口調で成利は話す。鬱ぎがちな英夏を少しでも明るくさせるためだ。
「それは、英夏がアイツと別れたら奮発するよ」
 “アイツ”とは、むろん須賀俊輔のことだ。さり気ない嫌味に、英夏は乱暴に椅子から立ち上がると敏宏を睨みつける。そして、無言で自分の部屋に逃げ込んだ。
 須賀からは、毎晩欠かさず英夏に電話があった。覚醒剤の入手に使われることを恐れた父親が、英夏の携帯を取り上げたので、須賀はマンションの固定電話にかけてくる。いつも成利から英夏の様子を聞き、その後、英夏と五分程度、話していたが、英夏の応対は端で見ている成利が気の毒になるほど素っ気ないものだった。
「英夏、敏宏さんが、もう帰るってさ。ちゃんと顔を見せろよ」
 ドアの外から成利が声を掛けると、中から「会いたくない」とだけ返事があった。ドアに鍵は付いていないので、開けようと思えば簡単だったが、成利は敢えて開けなかった。英夏の意思を尊重するためだ。
 敏宏をマンションのエントランスホールまで見送って戻ると、英夏が敏宏が使ったコーヒーカップとソーサーを洗っていて、成利は仰天した。
「英夏、ダメだよ! 手が荒れる!」
 成利が、英夏の手からスポンジを取り上げようと手を伸ばすと、英夏は真っ赤になって怒鳴った。
「触るな! オレを子ども扱いするなっ!!」
 もともと英夏は感情の起伏の激しい性質だったが、声を荒げて怒鳴るなど滅多にないことで、成利は驚いた。仕方なくリビングに移動して、英夏の癇癪が納まるのを待つ。
 三十分ほどしてリビングの入口に現れた英夏は、泣いた後らしく目が赤かった。
「怒鳴ったりして…ゴメン……」
 ドアのところでポツリと呟いたきり、動こうとしない。成利はソファーから立ち上がると、ゆっくり英夏に歩み寄った。
「怒ってないから安心して。それよりお腹空いてない? 昼食のリゾットをずいぶん残しただろう。何か作ろうか?」
 優しく話しかけると、途端に英夏の顔がくしゃりと歪んだ。
「オレを甘やかすなよ。どうしていいか…わかんなくなる。頭の中が、ぐしゃぐしゃになる……」
 成利は困惑して英夏を見た。
「だって英夏、これが僕なんだよ。昔から僕は、英夏を甘やかすのが生き甲斐なんだから」
「だからオレ、バカで役立たずになったんだ。成利のせいだっ! どうしてくれるんだ、バカヤロウ!!」
 八つ当たりとしか思えない英夏の言葉に、成利は苦笑し、英夏の顔を覗き込んだ。
「僕が責任を取るから、英夏は何にも心配しなくてもいいんだよ。僕が一生、英夏を守るから」
 甘い囁きに、英夏は驚くべき反応を見せた。怒りにまかせて渾身の力で成利を殴りつけたのだ。いきなりのパンチに、成利は大きくよろめいた。驚愕のあまり殴られた左頬を押さえたまま、呆然と英夏を見つめる。英夏は見たこともないような冷たい眼差しで成利を睨みつけていた。
「嘘つき……守ってなんかくれなかったじゃないか! ……あの時、あんなに叫んだのに…助けてくれなかったじゃないか!! 『成利、助けて』って声が出なくなるまで叫んだのにっ……」
 英夏の声は小さく、震えて掠れてはいたが、なんとか聞き取ることができた。蒼白の頬を大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちてくる。成利は恐ろしい予感に怯えながら聞かずにはいられなかった。
「……“あの時”って、いつのことなんだ? 『助けて』って言われて僕が助けなかったことなんてないのに」
「あの男が……オレを…レイプした時だよ。殴って…縛り付けて……無理矢理――」
 英夏はそれ以上、話せなくなって、力が尽きたようにその場にうずくまってしまった。



       act.13
「英夏、“あの男”って誰なんだ!? まさか、須賀さんのことじゃないよな?」
 成利は必死になって問いかけた。しかし、英夏はイヤイヤと首を振るばかりで何も答えない。全身で、もう思い出したくない!! と拒絶していた。
 英夏に殴られた左の頬がジンジンと疼き、口の中に広がる鉄の味に、成利は自分が口の中を切ったのだと気づいた。見ると、英夏の細い指が赤くなっている。とても男の指とは思えない華奢な指だ。
 ようやく冷静になって、これ以上、英夏を追い詰めてはいけないと考えた。無理矢理、問い詰めて、洗いざらい語らせることは、セカンド・レイプに他ならない。どうやってもレイプという事実を消すことができないのだから、今さら根掘り葉掘り聞いて何になるというのだ。
「ごめんよ、もう訊かないから。ソファーで少し休むもう。日当たりが良くて気持ちいいよ。な、英夏」
 英夏を抱きかかえるようにしてソファーに移動させる。泣きじゃくる英夏の髪や背中をあやすように優しくさすっていると、やがて英夏は泣き疲れて、ぐったりと成利の胸に身を預けてきた。
「……喉が渇いた」
 ポツリと漏らした英夏の言葉に、成利は安堵した。かなり落ち着いた証拠だ。
「ホットミルクでいいか?」
「ううん、カフェオレがいい」
「わかった」
 マグカップのカフェオレを、英夏は時間をかけて半分ほど飲むと、大理石のテーブルに置いた。
「音楽でも聴こうか? 英夏は何がいい?」
 内心の動揺や焦りを悟られないよう、成利は努めて穏やかな口調で訊いた。英夏は目を伏せたまま、少し考え込んでいたが、しばらくすると「アヴェクピアノ」と呟いた。それは、成利の好きなCDだったが、英夏はいつも「退屈だ」と酷評していた。
 成利は黙ってそれをCDプレイヤーにセットした。英夏の耳障りにならないよう、聴き取れるギリギリの音量で。
 そして二人は何も話さず、夜の帳が降りて英夏が眠ってしまうまで、じっとソファーで身を寄せ合っていた。
 翌朝、成利の左頬は当然のように腫れ上がった。英夏が悲しそうに「ごめんね」と謝り、成利は精一杯の笑顔で「気にするな」と応えた。
 それ以来、英夏は辛い記憶がほんの少し吹っ切れたようで、以前よりは食が進むようになった。英夏が元気になってくれるなら、成利は何度でも殴られてやろうと思った。英夏を守れなかった自分には、それくらいしかできないのだから……。


 残暑の名残が漂う九月の終わり、ホテルのロビーを行きかう人々は、秋の装いに身を包み、外の暑さなど気にする風もなかった。人一倍、服装には気を遣う成利だが、今はそんな精神的ゆとりはなかった。着ざらしのコットンパンツにポロシャツという極めてラフなファッションで、隙なく身なりを整えたフロントマンをぼんやり眺める。
 上京してきた須賀に、英夏を預けたのはかれこれ三十分も前のことだが、二人が連れ立って消えた後も、成利は動くことが出来ず、ロビーのソファーに座り込んだままだった。三週間ぶりに恋人と会ったのに、硬い表情を崩すことのなかった英夏が気になって、立ち去ることができなかったのだ。
 マナーモードにしていた携帯が振動して、成利はノロノロと尻ポケットから携帯を取り出した。液晶に表示された名前は、なんと英夏だった。
『成利、今、どこ?』
「えっと…、まだホテルにいる。……喉が渇いてさ…コーヒーを飲んでいたんだ」
 英夏は、成利の言葉が嘘だと気づいた風もなく、「一緒に帰るから、ロビーまで来て」と告げて電話を切った。
 成利は事態が飲み込めないまま、エレベーターホールへと足を向けた。ちょうどエレベーターから降りてきたところだった英夏は、成利の姿を見つけると、ほっとしたように微笑んだ。
「別れたから。俺、きちんとケジメをつけたから」
 開口一番、そう言った英夏に、成利は絶句した。
 成利の運転する車が、ホテルの駐車場を出ると、英夏はポツリポツリと話し始めた。
「……俊輔さんは悪くないんだ。彼が、オレのために仕事を頑張ってくれてるのはわかってたけど、寂しくて……だから…晃司……俊輔さんの従弟なんだけど……そいつと仲良くなった。いろんな場所や店に連れて行ってくれて、気持ちよくなれる薬もくれた」
 声が震えてきて、英夏は心を落ち着かせようと大きな息を吐いた。成利が心配して視線を向けると、「危ないから前を見て運転しろよ」と怒こる。成利と顔を合わせずに話したいのだと悟り、成利は「わかった」と応えてやった。それで安心したのか、英夏は再び話し出した。
「オレは、油断してたんだ。晃司と二人で飲んでて……それで……レイプされた。…それから、俊輔さんともうまくいかなくなった。彼の浮気は仕方ないんだ。オレが…セックスできないんだから……。でも、悲しくて…やるせなくて……」
 そして薬に逃げたのだ。須賀は、為す術もなく途方に暮れていたに違いない。英夏は項垂れていたが、やがて何かを吹っ切ろうとするように深呼吸を繰り返した。
「部屋でね、シャワーも浴びずにキスしたよ。ペッティングも、それ以上のことも……。けど、全然ダメだった。情けなくて泣けてくるくらい。だから、『別れる』って伝えた。ずっと前から考えて、決めていたって」
 英夏は、泣きもせずに一気に語った。
「なんだか、胸のつかえが取れたみたいに、今は、気分がいいよ」



       act.14
「話があるんだ」
 英夏が須賀と別れた一週間後のことだった。朝食の席で、英夏は切り出した。
「オレ、兄さんと暮らすことにした。誤解しないで欲しいんだけど、成利のことが嫌いになったわけじゃないから。ただ、ここにいると、成利に甘えて、自分が弱くなってしまいそうだから」
 あれほど苦手で、対抗意識を持っていた兄と暮らすという英夏に、成利は仰天した。
「大学にも復学することにしたから、キャンパスで会えるよ」
 成利の知らないところで、英夏は成利の元を離れる手はずを整えていた。両親と兄を説得し、引っ越しの日取りを決めていたのだ。須賀と別れて以来、リビングのソファーでぼんやり過ごすことの多かった英夏なので、「一体、いつの間に?」と成利は驚いてしまった。
「待てよ、敏宏さんは恋人と同棲中だろ? そんなところへ押しかけなくたって、ここに居ればいいじゃないか」
「遥香さんは先週、花嫁修業で実家に戻ったんだ。来月に結納で、来年の春に挙式するんだって」
「それじゃあ、結婚後はまた敏宏さんのマンションで暮らすんだろ? 新婚さんの邪魔をしちゃ悪いよ」
 成利は内心の焦りを懸命に押し隠しながら、何とか英夏を言いくるめて自分の元に引き留めようと必死だった。
「うん、だからその後は、アパートを借りて一人暮らししようと思う」
「なっ…なんだって!?」
 成利は思わずダイニングテーブルのイスから立ち上がっていた。
「その時は、このマンションの近くを探すから、ちょくちょく遊びに来てよ」
 明るく話す英夏に、成利は沸々と怒りとも悲しみともつかないものが湧き上がってくるのを感じた。
「何が…そんなに気に入らないんだ? どうして僕と暮らすのがそんなに嫌なんだ!?」
「だって……セックスできないのに一緒にいるのが辛いんだ。自分が惨めになるから……一緒にいたくない」
 涙を堪えながらきっぱりと宣言した英夏に、成利は返す言葉もなく立ちつくしていた。ぼんやりと頭の片隅で、須賀も同じことを言われたのだろうかと考えた。


 英夏の引っ越し準備を、成利は意地になって指一本貸してやらなかった。11月2日の引っ越し当日は、怯えた子供のように寝室に閉じ籠もっていた。
「英夏には立ち直るための時間が必要なんだ。わかってやってくれ」
 手伝いにやって来た英夏の兄・敏宏が、成利を宥めるように耳打ちしたが、何の慰めにもならなかった。英夏は、出て行くのだ。成利という存在を拒絶して。
 そんなことは未だかつてなかった。須賀と暮らしている時ですら、英夏は成利を拒絶したりしなかった。その事に、成利は強く打ちのめされていた。
 ガランとしたマンションに取り残されて、成利は泣いた。大声を上げて堪えてきたものすべてを吐き出すかのように泣いた。
 ずっと泣いたことなどなかった。英夏のために強くあらねばと、いつも気を張っていた。その糸がプツリと切れた気がした。
 英夏を守ろうとして守れなかった。英夏にとって、自分はもはや必要のない人間なのだ。いや、英夏が成利を必要としたことなどなかった。英夏が必要だったのは成利の方だ。
 何がいけなかったのだろう。何を間違えたのだろう。どうしてこんなことになってしまったのだろう。英夏を愛している。ただ、それだけなのに……。
 

 父親から「商社の重役に引き合わせるから」と電話があったのは、英夏が出て行って間もなくのことだった。来春の卒業を前にして、未だ就職が決まっていない息子を心配した父親のお膳立てだ。
 父親としては、何年か世間の風に当たらせてから自分の跡を継がせようという腹づもりなのだろう。成利も、父親の跡を継ぐことに異論はなかった。英夏を守るためには、経済力や権力は、大きければ大きいほど良い。しかしそれも、英夏が去った今では、どうでもいいことだった。
 馴染みの料亭で形ばかりの会食を済ませ、クリスマスのイルミネーションに彩られた街に出た。ふらりと立ち寄ったブティックで、カシミアの柔らかそうな手袋を見つけた。品のいいベージュ色が、英夏の白い手に似合うと思い、気がつくと買っていた。
 店を出て、成利は苦笑した。未練たらしくこんな物を買って、一体、いつ英夏に渡すというのだ。英夏とはもう一ヶ月以上も会っていない。電話しても、英夏の兄・敏宏に「しばらく、そっとしておいて欲しい」と取り次いでもらえなかったから、その声すら聴いていないのだ。
 虚しくなって、ふと、頼子を思い出した。柔らかな唇、大きな胸、甘い嬌声……。今は、父の妻となった、たおやかな女。父親は、さっきの重役と銀座のクラブへ出かけたから、自宅には頼子ひとりのはずだ。
 成利は、タクシーを拾うと田園調布の住所を告げた。



       act.15
 頼子は、成利の突然の…それも深夜の訪問に、かなり驚いたようだった。
「ここに来ることは、お父様はご存知なの?」
 コーヒーを運んできた家政婦が去ると、頼子は不安そうに訊いた。
「息子が、父親の家を訪ねるのに許可がいるのか?」
 成利の皮肉な口調に、頼子が困惑したように眉を顰める。
「あなたを歓迎していないわけではないわ」
「オヤジに会って、まだ結婚祝いを渡していないのを思い出したんだ」
 成利は挑むように口元を引き上げると、ブティックで衝動買いした手袋の包みをリビングのテーブルに投げ出した。
「わたしに……? ありがとう」
 ぎこちない手つきで、包みを開けた頼子は、中から出てきた手袋を見て、何かを察したように成利の顔を見た。
「あなたは、本当に不器用ね」
 ポツリと呟くと、包みを丁寧に元に戻す。
「あなたのお父様とわたしもそうだった。でもね、勇気を出して本音でぶつかり合ったら、すんなりくっついてしまったわ。だから、あなたも勇気を出して」
 頼子は、包みを成利の手に握らせると、ふわりと微笑んだ。
「これは、わたしが貰う物じゃないわ。大好きな人のために買ったんでしょう? ちゃんと、その人に渡しなさい」
「どうして……?」
「すぐにわかるわよ。だって、わたしにはこんな綺麗な色は似合わない。可愛い人なんでしょう? 守ってあげたいのね」
 すべてを見透かされて絶句する成利を、頼子は慈しむように見つめた。
「あなた達親子は、言葉が足りないのよ。『愛している』って、たった一言でいいの。あなたもお父様のように勇気を出して言ってごらんなさい」


『愛してる』
 湯船に浸かりながら、成利はその言葉を唇に乗せてみた。よく考えてみたら、そんなありふれた言葉は口にしなくても、行動で充分、伝わっていると、勝手に思い込んでいた。
 英夏と出会って以来、積み重ねてきたものが、そんなにも短い言葉で表せるというなら、何万回だって言ってやる! そう決意して父親の家を後にしたものの、いざ英夏の部屋の明かりを見たら、怖くなって引き返してしまった。
 物思いに耽っていて、すっかり茹で上がってしまった成利は、バスローブを引っかけるとベッドへダイブした。枕元のサイドテーブルに置いたままだった包みにそっと触れてみる。
 明日、これを渡すのを口実に、英夏に電話してみよう。成利はそう考えて眠りについた。


 宅配便業者のインターホンで起こされて玄関に出てみると、英夏宛の荷物が届いていた。差出人は須賀俊輔。「英夏は引っ越した」と言えず、そのまま受け取ってしまってから、成利は考え込んだ。
 ホテルで別れて以来、音沙汰のなかった須賀から、一体、何を送ってきたのか。みかん箱ほどのサイズだが、さしたる重さもないことから衣類や雑貨と思われる。須賀の元に残してきたままの英夏の私物だろう。
 果たしてこれを英夏に届けていいものかどうか。迷った挙げ句、成利は差出票に書き込まれた須賀の携帯に電話した。
「伊能です。荷物、届きました」
「そうか。……英夏の望み通り、ほとんどの物は処分したんだが、大事にしていた物は、返した方がいいと思ったんだ」
 成利からの電話を予期していたように、須賀は落ち着いていた。
「実は……、英夏は今、お兄さんのところにいるんです」
「じゃあ、申し訳ないが君から英夏に届けてもらえないか? 時間のあるときでいいから」
 何の屈託もなく話す須賀の口調から、荷物の中身は英夏を動揺させる物ではないと察した成利は安心した。
「わかりました。すぐに届けますから安心してください」
「ありがとう。……今さらだが、君達を振り回して悪かった。君と引き離したりしなければ、英夏を不幸にすることもなかった」
「須賀さん……」
「本当に申し訳なかったと思っている」
 思いがけない須賀の謝罪に、成利は驚いた。もとより須賀を恨んでなどいなかったが、心が軽くなったのも事実だ。
「もう、終わったことです。さようなら、須賀さん」
 今はまだ、須賀のことを意識せずにはいられない。しかし、もはや須賀は過去の男なのだ。いつか、そんな男もいたと、笑い飛ばせるようになってやる。大切なのは、これから英夏と創る未来なのだから。



      act.16
 英夏の兄・阿川敏宏のマンションは、千葉駅から徒歩十分の場所にある。成利は、何回か酔いつぶれた敏宏を送って行ったことがあるので、道に迷うことなくすんなりと辿り着くことができた。
「まあ、成利君。よく来てくれたわねぇ。今日は、英夏も具合がいいのよ。さあ、上がってちょうだい」
 玄関ドアを開けてくれたのは、英夏の母・佐和子だった。
「おば様、ご無沙汰しています」
「しばらく会わないうちに、また背が伸びたんじゃない? 英夏は好き嫌いが激しくて、ちっとも背が伸びないの。困ったものだわ」
 二十歳にもなる成年男子が、今さら食べ物ごときで身長が伸びるとは思えないが、成利は曖昧に肯いてみせる。敏宏は外出しているようで姿はなかった。
 佐和子の話では、風邪をこじらせた英夏は二週間前から寝たり起きたりの生活なのだという。手を焼いた敏宏が、助けを求めて母親を呼び寄せたらしい。
「年頃の男の子は難しいわね。着替えを手伝おうとすると怒るし、食事を運ぶ以外は、私を側に寄せ付けないのよ」
 ほとほと困り果てた様子で、佐和子は盛大な溜息を吐いた。
「ちょっと夕食の買い物に出かけてくるから、成利君、英夏に付いててやってくれる?」
「ええ、かまいませんよ」
 成利にとっては、願ったり適ったりだ。佐和子は安心したように微笑むと、コートを羽織ってそそくさと出かけていった。
 英夏は、発熱時特有の紅い顔をして、ぐっすりと眠っていた。その手には、読んでいたらしい教科書がある。成利は、ずり落ちそうになっているそれをそっと取り上げるとサイドテーブルに置いた。
 それから、氷枕がすでに溶けているのに気づいて取り替えることにする。今まで数えられないほど繰り返してきたことなので手慣れたものだ。英夏を起こさないよう慎重に頭からそれを外す。
 キッチンで氷を入れ替えて戻ると、英夏は額にうっすらと汗をかいていた。それを丁寧にガーゼタオルで拭ってやる。
 あどけない寝顔に愛おしさがこみ上げてきて、目頭が熱くなった。どんなに疎まれようと、この気持ちは絶対に変わらない。英夏の額に触れるだけの軽いキスをすると、成利はベッドの足元に置かれた椅子に腰掛け、規則正しく上下する英夏の胸を静かに見守った。


 ふわり、と何かが身体にかけられる感触に、成利は目を醒ました。
「あっ、起こしちゃった」
 英夏のバツの悪そうな声が聞こえて、薄闇の中、後ずさる気配がする。いつの間にか眠ってしまったことに気づいて、成利はノロノロと身体を起こした。薄闇に慣れた目に、成利の様子を窺っている英夏のほっそりとしたシルエットが見えてきた。
「英夏、身体は大丈夫なのか?」
「うん……、母様はどこ?」
 英夏は訊きながら枕元の明かりを点けた。柔らかな光に、不安げな英夏の横顔が浮かび上がる。
「夕食の買い物だ。まだ、戻ってないのか……遅いな」
 腕時計で時間を確認すると午後四時四十分だった。英夏の母親は、かれこれ二時間近く出かけていることになる。
「携帯にかけてみようか」
「いいよ、たまには息抜きさせてあげないと。それより、身体が冷えるから早くベッドに入れよ」
「あ…そうだね」
 英夏はもそもそとベッドに潜り込むと、そっと成利に気弱な視線を向けた。
「留守番くらい、ひとりでできるから、成利は帰っていいよ」
「わかってる。伝えるべきことを伝えたら帰るさ」
「……何?」
 英夏が身構えるのを見て、成利は苦笑した。
「そんなに警戒するなよ。今日、須賀さんから荷物が届いた。『英夏が大事にしていた私物を返す』って。そこの隅に置いたから。具合が良くなったら、開けてみるといい」
 成利が、部屋の入り口横を指で示すと、英夏はちらりと視線を投げ、黙って肯いた。
「それから少し早いけど、これは僕からクリスマス・プレゼントだよ。手袋なんだ。店で見かけた瞬間、英夏に似合うなって思ってさ、気がついたら買ってた」
「ありがとう。うん、いい色だね。それにとっても柔らかい!」
 英夏の嬉しそうな顔を見て、成利は胸の中がじんわりと暖かくなるのを感じた。この笑顔を守るためなら、何だってする。実際、成利はそうしてきた。
 中学生の時、英夏に苛めを繰り返した同級生は、裏から手を回して転校させた。高校生の時に、ストーカー行為を繰り返した男は、チンピラを雇って半殺しにしてやった。
 英夏と暮らすようになって間もなく、電車で英夏に痴漢を働いた男をボコボコにした。その気迫に、当の英夏が怯えて泣き出したので、成利は巧妙に自分の残忍さを隠すようになったが、本来、成利は品の良い外見からは想像もできないほど、冷徹な男なのだ。
「もう一つ。英夏……僕は、英夏を愛してる。たとえセックスできなくても、英夏の側にいたいと思ってる」
 英夏は、何を言われたのかわからない、というようにポカンと成利の顔を見つめた。



       act.17
「……本気で言ってるの?」
 呆れたように問う英夏に、成利はゆったりと肯定の微笑みを浮かべた。
「昔も今も、そしてこれからも、僕には英夏がすべてだ」
「バッ…バカじゃないの、成利は! オレなんか足手まといにしかならないのに!」
 そう言った英夏の声は震えていた。懸命に唇を引き結ぶのは、涙を堪えているときの癖だ。
「僕は須賀さんみたいに利口じゃないから、あきらめが悪いんだ。付け加えさせてもらうと、英夏は足手まといなんかじゃない。身体の弱いことも、脚に障害のあることも、全部ひっくるめて愛しているよ」
 その瞬間、英夏は驚きに目を見開いた。何か言おうと懸命に口を開くが上手く言葉を紡ぐことができない。ついには諦めて頭から毛布を被ってしまった。成利はベッドの端に腰を下ろすと、毛布の上から震える身体を優しくさすってやった。
「せっかく自由になったのに……もっと楽な相手を選べばいいのに……」
 英夏が、毛布の中から消え入るような声で訴える。
「英夏のいない生活が自由だっていうなら、僕はそんな自由はいらない。楽な相手なんて欲しくない」
 成利は肩を竦めるとベッドから立ち上がった。
「佐和子さんが戻るまでリビングにいるよ。何かあったら呼んでくれ」
 そう言い置いて、成利は静かに部屋を出た。
 英夏の母親が戻ったのは、それから五分もしないうちだった。「一緒に夕食を」という誘いを丁寧に断って、成利は帰宅した。


 英夏に自分の気持ちをきちんと伝えたことで、成利は自分にできることはすべてやったという清々しい気分だった。このまま英夏が振り向いてくれなくても悔いはないとさえ感じていた。
 だから、英夏から何の連絡がなくとも、成利は自棄になることもなく、淡々と日々を過ごすことができた。
 正月には、父親に自分の考えを伝えた。「英夏のために最短でトップを目指したい。他社で修行するような遠回りは嫌だ。INOHコーポレーションで営業マンとして一から出発したい」という希望に、父親は難色を示したが、結局は折れてくれた。
  

 大学の卒業式を終えてホールを出た成利は、そこで英夏の姿を発見した。あれ以来、英夏に会うのは初めてだ。側にいた仲間が、英夏を見つめたまま動けない成利の背中を押してくれた。
 人混みをかき分けて英夏に近づくと、英夏も成利に気づいて、花が綻ぶような笑顔を見せた。
「卒業、おめでとう」
 はにかみながら、そう口にした英夏は、小さな包みを持っていた。
「これ、マフラーなんだ。大阪に来てくれたとき渡すつもりだったけど渡せなくて、ずっと渡せなくて……季節外れだけど、貰ってくれる?」
 須賀と暮らしていた時も、英夏が成利のことを忘れていなかったのだという事実に、成利は目眩がしそうな幸福感を覚えた。
「英夏……、僕は…僕達は、やり直せるって思っていいのか?」
 成利は、心臓が喉から飛び出そうなほど緊張しながら訊いた。わずかな沈黙の後、英夏はコックリと肯いた。
「と…友達からでもいいなら……」
 細い身体が、端から見てもはっきりわかるほど震えている。緊張からなのか寒さからなのか、成利にはわからない。
「それで充分だよ。ありがとう!」
 成利は、受け取った包みを開けると取り出したマフラーを英夏の首に巻いてやった。英夏は少し驚いたように成利を見上げ、そして微笑んだ。


 春たけなわのゴールデンウィークに、英夏の兄・阿川敏宏が挙式した。成利も新郎の友人として招かれ、華やかな披露宴に加わった。案の定、英夏は疲れて動けなくなり、披露宴会場のホテルに一泊するハメになったが、英夏の両親は慣れたもので、成利が付き添ってくれるなら何の心配もない、と帰宅してしまった。
「ありがとう。すごく楽になったよ」
 英夏が眠る前に施した成利のマッサージが効いたらしく、三時間ほど眠った英夏の顔色は見違えるほど良くなっていた。
「何か食べられそうか? 食べたいものがあるなら、ルームサービスを取るけど?」
「成利の好きな物、取ってよ。オレは風呂に浸かりたい」
「ああ、そうだな。すぐに湯を張るよ」
 交代で浴室を使い、落ち着いたのは深夜11時だった。一眠りしてしまった英夏は寝付けないらしく、備え付けの冷蔵庫からブランデーを取り出してきた。
「明日から、またよろしく!」
 英夏がグラスを掲げると、おどけて言った。そう、成利と英夏は、明日からまた一緒に暮らすのだ。
「二年遅れをとったけど、絶対、大学を卒業して、成利の会社に入るんだ」
「まだ、僕の会社じゃないよ。でも、近い将来、必ずそうする」
 二人は顔を見合わせて笑った。成利は入社してまだ一ヶ月だが、新人研修でも群を抜いて優秀で、他に追随を許さない成績だ。彼は、たった一ヶ月で、隙のない雄の威厳を持ち始めていた。
「ねえ、成利。セックスしようか?」
 不意に英夏が真顔になって囁いた。
「もう、酔ったのか? つまらないこと言ってないで寝ろよ」
「つまらないことじゃないよ。今、すごくシタい気分。だって、成利が凄くカッコ良く見えるんだもん」
「あーあ、空きっ腹にブランデーなんて飲むからだ」
 成利が、空になったグラスを取り上げようとすると、英夏が抱きついてきた。乱暴に唇が重なり、強引に舌が割り込んでくる。深いキスを貪った後、息を切らしながら英夏が訴えた。
「お願い……今なら、できるかも……」
 ゴクリ、と成利の喉が鳴った。期待と恐れがないまぜになって体中を駆け巡る。成利は、震える指を英夏のパスローブに伸ばした。



       act.18
 英夏のイイトコロは全部知っている。どこをどうすれば悦ぶか、どうすれば焦らせるか、そしてどうすれば達せてやれるかを。成利は、子供のように色素の薄い英夏のペニスを口に含むと、丁寧に舌を這わせた。
「あ、……ふ…うっ……」
「……勃ってきたよ」
 紅く色づいた英夏の分身が、透明な先走りを零しながら勃ち上がっていた。成利は嬉しくなって、さらに蕾にも指を忍び込ませた。途端に英夏の身体が強張る。
「ぁん……くぅ……」
 英夏の快楽に潤んだ瞳に、戸惑いと不安が浮かぶ。
「英夏、大丈夫だから。絶対に酷くしないから。どうしても嫌ならここでやめるよ?」
「いい、怖くないから……成利なら…成利だから……」
 成利はあまりのいじらしさに英夏を強く抱き締めた。英夏もおずおずと成利の首に腕を回す。
「焦らなくてもいいからね。辛かったらちゃんと教えて」
 何度も「好きだ」「愛してる」と囁いて、成利は時間をかけて慎重に英夏の身体を開いていく。英夏の内部にすべてを納めきったときは、安堵のあまり涙が出そうだった。
「英夏と初めてひとつになった時も、嬉しくて舞い上がりそうだったけど、今はもっと感激してる」
 英夏と身体を繋いだまま、成利は囁いた。
「神様、誓います。僕は生涯、英夏を愛し、守り、操を守ります」
 英夏の唇に啄むようなキスを落とすと、英夏の頬に涙が零れた。
「英夏、痛いのか? ごめん、すぐ抜くから」
 成利が真剣な顔で慌てたので、英夏は思わず苦笑した。
「違うんだ。幸せだから……。今、やっとわかったんだ。気持ちいいからするんじゃなく、好きな人とひとつになるためにセックスがあるんだって」
「僕は快感に溺れる英夏も好きだよ。可愛くって堪らない」
「可愛いって言うなよ」
 敏感に“可愛い”という単語に反応した英夏が唇を尖らせる。
「うん、わかった、わかった。だから、一緒に達こうね」
 成利は可愛くて堪らない気持ちを身体で現すことにした。英夏のイイトコロを自身の切っ先で何度も擦り上げてやる。たちまち英夏は甘く溶けて、しどけなく身体を投げ出した。
「あっ、あっ……なるとし……すごい」
 内奥をたっぷりと突き上げ、捏ね回し、英夏を高めていく。慣れ親しんだ成利とのセックスを思い出したのか、英夏も奔放に腰を振り、成利の動きに合わせて快楽を貪る。
「ひっ、……う、あっ……イ、クゥッ――!!」
「アアッ、英夏ッ……」
 成利は、英夏が極めるタイミングを見計らって、熱い楔を奥深くまで埋め込み、所有の証を注ぎ込んだ。英夏は最奥に叩きつけるような熱い迸りを受け止めた瞬間、甘い愉悦と共に意識を手放した。

          To be continued
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