BLANCHE 更新案内と目次へ    BLANCHE 小説目次へ   BLANCHE 掲示板へ

オーバードライブ エピローグ   月桜可南子
 仁と出会って、今日でちょうど十年になる。仁は、そんなことすっかり忘れているようで、いつものように夕食を終えると早々に俺を押し倒した。
「仁…欲しい……はやく…ねぇ、欲しい……」
 熱い舌先で後腔をさんざん嬲られて、俺は半泣きで譫言のように繰り返した。それでやっと待ち望んでいた灼熱の猛りを与えられ、安堵のあまり挿入だけでイッてしまった。
「秀明、感度が良すぎないか?」
 仁がニヤニヤしながら、俺をからかう。
「久しぶりだからだよっ!」
 俺は恥ずかしくて、顔を背けて言い訳した。仁とはもう数え切れないほど肌を重ねてるのに、こんなに簡単にイカされるなんて、きっと俺が十年目の記念日に気持ちを高ぶらせているために違いない。
 俺達の出会いのきっかけを作った仁の愛犬ジュリエットは、二年前に癌で死んでしまったけど、俺達は未だに続いているから不思議だ。結婚という明確な契約もなく、こんなにも長い間、関係を続けていられるなんて奇跡だと思う。
 もちろん喧嘩はするし、何回か危機もあった。オズモンド家の当主として、仁には背負わなければならないものがありすぎた。特に、仁に子供がいることがわかった時は大ショックで、相手の女性や子供のために身を引こうと柄にもなく本気で考えたほどだ。悲しくて悔しくて、それでも結局、仁にほだされて許してしまったけど――。
 不意に、俺の内部で強弱をつけながらリズムを刻んでいた仁が動きを止めた。
「やっ…仁、止めるなよっ!」
 イク寸前のところで止められた俺は、宙ぶらりんの苦しさに抗議の声を上げ、脚をきつく仁の腰に巻き付けて続きを催促する。
「何か他の事を考えてただろう?」
 うっ、鋭いなぁ。昔はホント、鈍かったのに。
 仁が、俺のモノをわざとゆっくり扱き上げた。爆発しそうだけど、決定打にならない中途半端な愛撫は辛い。
「あぁッ! バカ…ヤロ……焦らすなっ!!」
「何を考えてたのか教えろよ」
 俺がこんなにドロドロになってるのに、その余裕はなんなんだっ! 十年目の記念日に浸ってたなんてセンチメンタルなこと言えるわけないだろう。
「ヤダッ、早く…動けよ……これ以上、焦らす……絶交だっ」
 仁の髪に手を入れて、もどかしげに掻き回してやると、俺の顔を食い入るように見つめていた仁は、それに煽られてやっと律動を再開した。そして角度を変えながら次第に濃厚になっていくキス。唾液を与え合い官能を高める、うっとりするようなキス。こんなキスは、仁としかできない。
「愛してる、秀明。おまえだけだ! 感じるか? オレの存在を忘れるな」
 仁は抜けそうなくらいぎりぎりのところまで腰を引くと、一気に根本まで突き入れてきた。それを何回も繰り返され、あまりの激しさに俺は懸命に仁の首にしがみついた。
「はうッ…仁、いいよ…すごい……あぁ、も…イクっ!!」
 内壁を擦られる快感に、俺はグイグイと高みへ押し上げられていく。そして狙い定めたかのように、快感のポイントをひときわ激しく凶暴な切っ先に抉られて遂に弾けた。
「うっ、ああッ、秀明!!」
 仁も呻いて、ヒクヒクと蠢動する俺の最奥へ熱い迸りを放つ。体内に仁の精液がたっぷりと注ぎ込まれるのを感じて俺は安堵した。今度、他の奴の中に出したりしたら、逸物をブッタ切ってやるからな。
 俺は、また半年前の仁の浮気を思い出してしまって悲しくなった。よりによって仁は、金目当ての青臭いガキに手を出したんだ。相手が男娼や玉の輿を狙う女じゃなく、一回りも年下のノンケの少年だったことは俺のプライドをズタズタにした。
 でも俺だって流されて他の男と寝たことがあるし、仁もそれを責めたりしなかったから、俺も仁がちょっとぐらい遊んでも我慢しないとなぁ……。お互い、もう大人なんから子供じみた嫉妬や独占欲は卒業しなくてはと、自分に言い聞かせて許したんだ。


 翌朝、目覚めた俺は、隣で眠る仁を起こさないようベッドを抜け出した。カルフォルニアでの学会に出席するためには、朝一番の便に乗らないと間に合わない。本当なら昨日のうちに移動しておくべきだったが、十年目の記念日をどうしても仁と一緒に過ごしたかったから、少し無理をしたんだ。
 ウォークイン・クローゼットで時計を選び左手首に付けようとして、俺は初めて自分の左手の薬指にはめられたプラチナのリングに気づいた。こんな指輪をはめた覚えはないぞ?
 不思議に思って指から抜き取って確かめる。スタイリッシュなデザインは俺の好みにピッタリだけど、こんなの持ってたっけ?
「あっ!」
 指輪の裏に刻まれた文字に、俺は小さな声を上げた。
―――永遠の愛と忠誠を誓って  J to H―――
「おい、外すなよ」
 照れ臭さそうな仁の声に、俺はおずおずと振り返った。でも、どんな顔をすればいいのか、何を言えばいいのかわからなくて、ただ茫然と仁の顔を見つめることしかできない。
「長かったようなアッという間だったような、よくわからない十年だったなぁ」
 仁は、そう言って俺の手から指輪を取り上げると、再び俺の薬指にはめてくれた。その左手の薬指に、同じデザインの指輪を見つけて、胸に熱いものが込み上げてきた。これって、もしかして……マリッジリングのつもりなのか?
 俺の指に指輪をはめ終えた仁が、愛おしげに俺の手に口づけした。
「……ありがとう」
 ようやくそれだけ言うと、仁は嬉しそうにニッコリと笑った。その憎らしいほど男らしい笑顔を目に焼き付けようと思ったのに、涙で霞んでよく見えない。
「急がないと飛行機に乗り遅れるぞ」
「うん」
 仁が俺にジャケットを着せ掛けようと背後に回ったのを幸いに、俺は急いで手の甲で涙を拭った。
                        END
第三部・一括表示へ     次のページへ
BLANCHE 更新案内と目次   BLANCHE 小説目次   BLANCHE 掲示板 ネタバレOK お気軽にどうぞ