誕生日     月桜可南子
 12月5日、俺は30才の誕生日を迎えて、すこぶる機嫌が悪かった。到底、祝う気分じゃなかったが、昼休みに恋人の滝本が、ホテルを予約してあると打ち明けてきた時には渋々、行くことを承知した。滝本は、こういったイベントが大好きなのだ。
 7時で残業を切り上げて、ホテルのロビーで滝本と落ち合った。滝本は直帰していたから、自宅に戻って着替えて来たのだろう、かなり高価そうなスーツを着て俺を待っていた。
「やけにめかし込んでるな」
 俺が嫌味のつもりで言ってやると、滝本は天真爛漫な笑顔で照れまくった。
「本当はクリスマスに、ロマンチックなデートをしたかったんですけど、白藤さんがホテルは嫌だって言うから、今夜はその代わりに、うんとロマンチックにしようと思って」
「野郎二人で、どうしたらロマンチックになるんだよ」
 俺は毒づいたが、滝本は気にした様子もなく俺の肩を抱いてきた。
「こらっ、触るな!! ロビーは往来と同じなんだぞ」
 誰かに見られたらどうするんだと怒る前に、滝本がしおらしく腕を引っ込めたので、俺はそれ以上、言い募るのは止めてやった。
「部屋番号は?」
 俺は人の目を怖れて、ホテルを利用する時は、いつも相手と時間をずらして部屋に入る。当然、出る時もそうだ。
「最上階のペントハウスです」
「えっ!?」
 俺はまじまじと滝本を見つめてしまった。なんでそんなメチャ高い部屋を取るんだ? こいつ、絶対に経済観念がない!
 俺が絶句していると、滝本が脳天気な顔で言った。
「ロマンチックな夜にしましょうね」
 だーかーらー、男二人でロマンチックもへったくれもないだろう! 俺は、どうして今まで気がつかなかったんだ。滝本がこんなにアホだったなんて・・・。


 ペントハウスには、厨房から直通の料理運搬用エレベーターがあって、出来立ての料理をボーイがサーブしてくれた。俺はそのボーイが気になって、料理の味なんてこれっぽっちもわからなかった。
 まだレストランならいざ知らず、野郎が二人きりでキャンドル灯して部屋で食事なんて、さぞかし奇怪な光景だろう。食事が終わって、ボーイが何喰わぬ顔で部屋を出て行ってくれた時は、心底、ホッとした。こんなに恥ずかしくて緊張した食事は生まれて初めてだった。
 滝本の心臓には毛が生えているに違いない。脳味噌も絶対、腐ってる!! 一体、これのどこがロマンチックなんだ!
 金持ちのボンボンらしい滝本は、これまで女の子とこんなデートをしてきたのだろうか? 確かに女の子なら「まあ、ステキ♪」て思うだろうし、傍目にも絵になるだろうが、俺は男で、しかも今日で30才になったんだぞ。若い女の子とは、感性が大きく違うんだ。なぁ滝本、わかれよ、それぐらい・・・。
 誕生日の祝いなら、ネクタイピンの一つで事足りるのにと、うんざりしていると、食後のコーヒーを飲み終わった滝本がおもむろに派手なラッピングを施した箱を取り出した。
「これ、誕生日プレゼントです。今、着て見せてくれませんか?」
「ありがとう」
 俺は、箱の大きさや重さ、振ったときの音からポロシャツかな・・・と思いながら開けた。そして、凍り付いた。
 なんとそれは、フリルのついた白いエプロンだったんだ。レースがふんだんに使われていて、ご丁寧に胸当てにはピンクの花柄の刺繍まで施されている。まさに新婚さん御用達のアレだ。
 どうして俺の記念すべき(?)30才の誕生日プレゼントが、コレなんだよっ!? 俺は屈辱で目の前が真っ赤になった。
「こ、これを・・・着て見せろって・・・言うのか?」
 俺はやっとの思いで、それだけ言った。声が掠れていたのは、もちろん怒りのためだ。
「はい、できれば服は全部脱いで、これだけ」
 ぬけぬけと言いやがった滝本を、俺は激しく睨み付けた。『裸にエプロン』のどこがロマンチックなんだ! そういうのは、ロマンチックじゃなくて『卑猥』と言うんだ!!
「おまえっ、どの面下げて、そんなこと言ってんだよ!! 俺はこんなもの絶対に嫌だぞっ!」
 「このデザイン、気に入りませんか? 他にも5種類くらいあったんですけど、これが一番、可愛くて、哲也の白い肌に似合いそうだったから選んだんですけど」
 男の俺が、フリルの付いた白いエプロンなんか似合うわけがないだろう!と、俺は滝本の胸ぐらを掴んで叫びたかった。だけど滝本の期待に満ちた子供のような目を見て、すんでのところで思い留まった。こいつは好奇心旺盛なガキと同じなんだ。きっと悪気はないんだ・・・。
 しかし激怒した俺が、その夜、滝本に抱かれなかったのは言うまでもない。
                          END
本編『恋人の条件』を読んでみる(52K)

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