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恋人は浮気する     月桜可南子
          act.1
 滝本と過ごす初めてのクリスマス。俺はほんの少しウキウキしていた。誰かとクリスマスを過ごすのは大学卒業以来のことだったからだ。
 滝本は、夜景のきれいなレストランで食事してホテルへというお決まりのコースを思い描いていたが、俺はそれらをきっぱりと拒絶した。巷には、男女のカップルが溢れかえっているのに、野郎二人でそんな寒いことをしたいなんて信じられない神経だ。
 今年は、23日の天皇誕生日が日曜になるため、24日は振替休日になる。俺達は、22日の土曜日に滝本の姉さんが置いていったという大きなクリスマスツリーを飾り付け、その夜からクリスマス気分でヤリまくっていた。
「明日の午後は、公園でも散歩しましょうか?」
 23日の夜、滝本が俺の背筋を上から下へと人差し指で撫でながら言った。
「寒いのは……あッ、ご免だ。……うっ…アァッ!」
 悪戯な指先が、さっきまで滝本のモノを飲み込んで限界まで広がっていた奥を弄り始める。軽く爪先で引っ掻くように刺激され、喉が鳴った。
「寒さの中、二人で寄り添って歩くのがいいんですよ」
 滝本は不満そうに口元をへの字に曲げると、二本の指先を内部の柔らかさを確認するように奥で開く。
「やっ、んん……晴れて風がなかったら…つき合ってやる。それより……焦らすなっ」
 俺は、まだ半勃ちの滝本のモノを急かすように掌で扱いてやった。
「ダメですよ、大切なクリスマスの本番前にカラッポになっちゃう。今度は指だけで我慢して下さい」
 やんわり俺の手を外させると、滝本は俺を四つん這いにさせた。尻肉を両手で揉みながら、俺の窄まりにねっとりと舌を這わせる。
「ばかっ、舐めるなっ!」
「でも、凄く感じるでしょう?」
 幾度も滝本のモノを受け入れ、熱を持ったように痺れているそこを、滝本は指と舌で愛おしげに愛撫する。尖らせた舌が意地悪く侵入する度、俺は甘い嬌声をあげて悶えた。
「前と後、どっちで達きたいですか?」
「うっ、挿れ…て――滝本のが欲しい」
 滝本は苦笑すると、今度は俺を横臥にして俺のモノを左手で握り込んだ。
「それは明日のお楽しみです」
 そして右手の人差し指と中指で俺の内部を刺激しながら、左手で俺のモノを扱いて俺を絶頂へと導いていく。
「ア…クッ! ずる…いっ……んなの…ヤァッ!!」
 まるで滝本の前で自分が自慰をしているようで、俺は羞恥に目の前が真っ赤になった。
「イク時の顔、見せて下さい」
 滝本は優しい声で言うと、激しく俺のウイークポイントを擦りあげた。
「ヤダッ、たきもと……たきもとッ! アアアッ――!!」
 堪え性のない俺の身体は、滝本に見つめられたまま、あっけなく白濁を迸らせた。腹上に飛び散ったそれを滝本の指がすくい取ると、なんの躊躇いもなく口へと運んで舐める。その淫靡な光景に、俺は思わず目を閉じた。


 イブの朝、俺はクタクタで起きられなくて昼まで惰眠を貪り、滝本に起こされて渋々、リビングに行った。滝本はツリーの側で大きなリボンの付いた箱を抱えて待っていた。
 俺は思わず身構えた。つい先日、30才の誕生日に白いレースのエプロンをプレゼントされて以来、俺は滝本のプレゼントを異常に警戒するようになったのだ。
「これ、クリスマス・プレゼントです」
 滝本がニコニコしながら包みを差し出してきたが、俺は反射的に後ずさってしまった。
「……また変なものじゃないだろうな?」
「嫌だなぁ、その目つき。俺は変態じゃありませんよ」
 滝本がカラカラと陽気に笑ったので、俺はホッとして包みを受け取った。箱の大きさからすると、スーツでも入っていそうだ。
「なぁ、言えよ。何が入ってるんだ?」
 俺は用心深く滝本をすくい見た。
「服ですよ。帽子と靴もセットになってます」
「ふうん」
 そっか、道理で箱がでかいわけだ。俺はようやく納得して包みを開いた。そして俺は――その場に固まった。服――確かにそうだ。帽子と靴もセット――うん、そうだけど……。
「これ……」
「可愛いでしょう?」
「おまえ、気は確かか?」
 中から出てきたのは、ピンク色のナースの制服だった。ご丁寧に制帽とナースサンダルまでセットになってる。
 もう嫌だっ!! こいつの脳味噌は腐ってるよ。間違いない! 前にあれほど俺が怒ったのに、これっぽっちも懲りてないなんてあんまりだ!
変態
 俺の地を這うような声に、滝本はきょとんとした顔で俺を見た。そして少なからずショックを受けたように言った。
「どうしてですか? 絶対、似合いますよ。可愛いですよ!」
「こんなものが似合って堪るかっ!!」
 烈火のごとく怒りだした俺に、滝本はオロオロと視線を彷徨わせた。
「だって哲也の白い肌や栗色の髪には、ピンクが似合いますよ。それに目が大きくて顎が細いし、脚だって全然毛深くなくて、スカート履いても様になりますって」
 なんとか俺を宥めようと言い募る滝本を、俺は思いっきり平手打ちした。グーで殴らなかっただけありがたいと思え! 俺は今、滝本が口にした自分の特徴が大嫌いなんだ。
「俺は女じゃないっ!!」
 悔しくて泣くまいと思っても、涙が次から次へとボロボロこぼれて、俺は情けなくて閉口した。
「すみません、俺、そんなつもりじゃ――」
 滝本も泣きそうな顔をして俺を見つめていた。なんてこった。せっかく楽しみにしていたクリスマスなのに。
 落ち込んだ俺は、滝本に指一本、身体に触れさせず、昼食の七面鳥にも手をつけず、早々に自分のマンションへと帰ったのだった。


          act.2
 不覚にも滝本の前で泣いてしまったことが気まずくて、俺はそれからずっと滝本と仕事以外では口を利かなかった。そしてそのまま仕事納めを迎え、気乗りしない里帰りをした俺は、年明け早々2日に帰省ラッシュを避けて東京に戻ってきた。
 滝本は実家が埼玉で、元旦に顔を出すだけだと言っていたから、俺は土産の漬け物を持って、滝本のマンションへ行った。少し時間をおいたことで、俺の中のわだかまりも解け、久しぶりに滝本とセックスしたいと思ったんだ。
 滝本のマンションの近くまで来た時、俺は華やかな女性の笑い声を聞いて何気なく振り向いた。俺の遙か後方の反対車線側の歩道を、振り袖を着た若い女の子と滝本が歩いていた。
「永良さん……」
 俺は思わず女の子の名前を呟いていた。永良沙織。うちの会社の総務の子だ。滝本とは同期だが、彼女は短大出だから滝本より2才年下になる。
 二人の親しげな様子に、俺は身体の芯が冷たくなっていくのを感じた。それでも物陰に隠れるだけの機転が残っていたのは不幸中の幸いだ。
 きっと彼女なら、あの看護婦の制服や制帽も似合うだろうし、キッチンで白いエプロンを付けて料理なんかしたら、もっと似合うだろう。
 二人が楽しそうに笑い合いながら、滝本のマンションへ入っていくのを見届けると、俺は為す術もなく来た道をとぼとぼと駅へと戻って行った。


 男の指がいつの間にか3本にまで増えて、グチュグチュと卑わいな音を立てている。俺はシーツを握りしめて押し寄せる快感に暴走しないよう耐えていた。
「アッ…ハア……ンンッ」
「入れるよ?」
 欲望に掠れた声で問われて、俺は小さく肯いた。男がやりやすいように、おずおずと脚を開く。焦れた男が俺の足首を掴んで自分の肩に載せた。そのまま上半身を倒し、俺の中に凶暴な楔を打ち込む。
「ヒッ! あッ…アァッ!!」
 苦しい……。どうしよう、こいつのデカい。壊れそうだ。でも今さら止めてくれなんて言うだけ無駄だよな。俺は懸命に浅い呼吸を繰り返し、なんとか男の大きさに慣れようと必死になった。男が宥めるように俺の頬を撫でる。
「いたっ…い――も…無理っ…!」
 痛みによる生理的な涙が零れた。男は俺の泣き顔に怯んで動きを止めると、あやすように俺の身体を撫で回し始めた。
「いい子だ。心配しなくても、すぐ良くなるよ」
 俺の顔中にキスの雨を降らし、すっかり萎えてしまった俺のモノを緩急を付けて扱き上げる。頼むから早く終わらせてくれっ!!
「やだッ、裂ける! 嫌だ…怖いッ……アアアッ!!」
「力を抜くんだ、怖がらないで。可愛いよ、本当に君は素敵だ」
 男は、俺を労るようにゆっくりと時間をかけて俺の内部に突き入れてきた。でも、こんなに痛くて苦しいのは、初体験の時以来だ。
「も…いやぁ……うっ…ひっく……」
 未だ誰も到達したことのない狭い最奥のさらに奥を、ぐいぐいと開かれる痛みと恐怖で俺は泣きじゃくった。こんなにも奥深くまで男を受け入れたのは初めてだ。切れたらしいソコから背中の方まで血が流れて来るのを感じて、俺は竦み上がった。
「いや…ゆる…して……もう…や……」
 息も絶え絶えに訴えてみたが、男はすでに止められる状態ではないらしく、懸命になにやら睦言を囁きながら俺を犯し続けた。やっと男が弾けて、ほんの少し圧迫感が薄らいだ時、俺は安堵のあまり、とうとう意識を手放してしまった。


 気がつくと身体はきれいにされ、バスローブにくるまれていた。身体が真っ二つに裂かれるような痛みはなくなっていたが、極限まで開かれた俺のソコは、ジンジンと焼け付くような痛みがあった。まだ何かが入っているような異物感もある。
 恐る恐る身体を起こすと、脳天まで突き抜けるような激痛が走った。やっぱり切れてるんだ……。
 俺は後悔のあまり泣きたい気分だった。(もう、泣いたけど) でも行きずりの男と寝るなんてバカをやった自分が悪いんだから仕方ない。
 あの後、駅のゴミ箱に滝本への土産を放り込んだ俺は、よせばいいのにその足で飲みに出かけた。ところが行きつけの飲み屋が正月休みで、仕方なく目に付いたホテルのバーに入った。
 カクテルを3杯ほど飲んで、いい気分になって、さて帰ろうかと腰を上げた時、男に声を掛けられた。モデルみたいにスタイルのいい奴で、クリスマス以来セックスはご無沙汰だった俺は、ついフラフラと奴の部屋へついて行ってしまったんだ。
 俺はソファーの上に置かれていた自分の服を見つけて着替えると、男に見つからないようコソコソと逃げ帰った。


 案の定、俺は熱を出し、貴重な正月休みをベッドの中で過ごすハメになった。それでも明日は出勤だという6日の夜、俺は冷蔵庫を補給するため、閉店間際のスーパーに駆け込もうとした。そしてスーパーの買い物籠を手にしたその時、
「白藤先輩!」
 聞き覚えのある声に顔を上げると、滝本が両手一杯に食材を抱えて立っていた。
「明けましておめでとうございます!」
「おめでとう……こんなとこで、なにやってるんだよ?」
「決まってるじゃないですか、一緒にすき焼きをしようと思って材料を買ってきたんです。すれ違いにならなくて良かった!」
 滝本は幸せそうに笑っていて、クリスマスの気まずい諍いはすっかり忘却の彼方へと消えてしまったようだった。
「来るんなら、電話ぐらいしろよな」
「電話なら、ずっと留守電でしたよ。どうせ寝正月で居留守だろうと思って」
 滝本は、エヘヘと笑ってダイニング・テーブルに食材を並べ始めた。その量に俺は唖然とした。
「これ、何人分だよ?」
「やっぱ、多かったですか? でも残ったらフリーザーに入れちゃえばいいですよ。それとも誰か友達を呼びますか? 俺、白藤先輩の友達に会ってみたいなぁ」
 何気ない滝本の一言が、俺には棘みたいに突き刺さった。友達・・・そんなもの俺には居ない。
「バァーカ、俺のダチはみんな所帯持ちで家庭サービスに忙しいんだよ!」
 そんな言葉でお茶を濁して、俺は滝本の持ってきた特選・松阪和牛をパクついた。


          act.3
「後片づけは俺がやっておくから、おまえはもう帰れよ」
 食後のコーヒーを飲み終えるのを見計らって声を掛けると、滝本は途端に悲しそうな顔をした。
「今夜、泊まっちゃいけませんか?」
 正直、俺はその言葉にぎょっとした。ここのマンションは壁が薄くて、気をつけないと隣の部屋に聞こえてしまうから、俺達は余程のことがない限り、ここでセックスはしない。
「明日から仕事なのに、何言ってんだよ。そんな格好で出勤できないだろ?」
「始発で帰って着替えますから」
 滝本の奴、自分の部屋へ永良沙織を連れ込んでるのに、そのサカリようはなんなんだ。まだ永良とはプラトニックで、Hはさせてもらってないのかな。
「溜まってるなら、口でしてやろうか?」
 じっと俺を見つめる滝本が可愛くて、俺はつい口を滑らせてしまった。
「哲也っ!」
 滝本が真っ赤になって抗議の声を上げた。しまった! こいつはこういう露骨な表現が苦手なんだった。
「先に風呂入ってこいよ」
 にっこり微笑みかけてやると、滝本は大喜びで席を立った。


「明日から仕事だから、今夜は挿れるのはなしだぞ」
 俺が厳しい顔で言い渡すと、滝本は大人しく肯いた。ホントは他の男と遊んで、その傷がまだ癒えてないからなんだが、そんなことはおくびにも出さず、俺は滝本を押し倒して唇を重ねる。
 滝本が当分、誰とも遊べないように、派手なキスマークをあちこちに付けてやる! 俺がつまんない男と遊んで酷い目に遭ったのは、おまえのせいだと言えないのがちょっと悔しかった。
 滝本の大きな掌が、二人のモノを重ねて扱きあげる。どちらのものともつかない先走りで、ヌチャヌチャと卑猥な音がして俺を耳からも犯す。激しい口づけに息が上がって苦しい。
 隙を見て、俺の後に回った滝本の左手を、俺はすんでのところで捕らえた。
「こらっ、ダメだって言っただろ!」
 子供を叱るように滝本を睨み付けると、滝本はしゅんとした顔で手を引っ込めた。俺がその手を掴んで俺の乳首に持ってくると、滝本は新しいオモチャに飛びついた。摘んで転がし、押し潰してまた摘む。
「あうっ…んんッ!……うっ、イイッ!!」
 俺の甘い声に気を良くした滝本は夢中で弄くりだし、それに熱中した。ほーんと、単純な奴。
 頃合いを見計らって、滝本の乳首を甘噛みしてやると滝本はあっけなく果てた。俺もそれに合わせて、滝本の掌に数回腰を擦り付けて欲望を解放した。


 1月7日、相棒の山田と二人、得意先への年始回りを終えて帰社したのは、午後3時過ぎだった。滝本はすでに帰社していて、呑気に女の子達とお茶を飲み、誰かの土産の饅頭を頬張っていた。
 そのグループの中に永良沙織の顔を見つけて、俺は途端に不機嫌になった。なんで課の違う永良が、滝本とお茶を飲んでるんだ?
「白藤くん、そんな怖い顔してちゃ美人が台無しよ」
 からかうような口調にハッとして振り返ると、俺と同期の尾関美香がいた。
「A化学の納品なんだけど、数がおかしいの。調べてくれない?」
「あ、うん……」
「何? あたしのお願いが聞けないって言うの?」
 永良が気になって生返事した俺に、お局様の美香が苛立ったように言った。
「違うよ。俺は戻ったばかりだから少しぐらい休憩させてくれたっていいだろう」
「あの、僕、暇なんで、すぐにやらせていただきます」
 山田が険悪なムードを察知して、救いの手を差し伸べてくれた。
「まあ、山ちゃんはホント、いい子ねぇ」
 美香の満足そうな声を聞きいて、29才で二人の子持ちの山田にいい子もへったくれもあるかと思いながらも、俺は感謝を込めて山田にウインクしてやった。


 廊下の自販機でコーヒーを飲んでいると、滝本がつかつかと歩み寄ってきた。
「白藤先輩! なんで山田さんにウインクなんかするんですか!?」
「美香が持ってきた嫌な仕事を俺の替わりに引き受けてくれたから」
 俺の答えに、滝本は拍子抜けしたように肩を落とした。
「それだけですか?」
「うん、それだけ」
 滝本、おまえ、鈍すぎるぞ。ベッドで俺が浮気したことに気づかなかったくせに、お愛想でしたウインクに目くじら立てるなんて、馬鹿もいいところだ。俺がシラケた目で滝本を眺めていると、滝本はバツが悪そうに赤くなった。
「今夜、うちに来ませんか? 見せたいものがあるんです」
 滝本が、小声で俺の顔色を窺うように言った。
「ダメだ。週末にしろ」
 俺はピシャリと言ってやった。大体、滝本が見せたいものなんて、ロクなもんじゃないはずだ。こいつの感性は、俺と天と地ほどかけ離れているんだから! 俺は白いエプロンと看護師の制服を思い出して、また腹が立ってきた。
「それが週末は、女の子達が遊びに来ることになっちゃって……」
 言いずらそうに目を伏せた滝本は、叱られた子供のように痛々しかった。俺に怒られると思ってるんだ。
「好きにすればいい。休みくらい俺の顔を見ないでいたいよな」
 ねちねち嫌味を込めて言うと、滝本は心底、困惑した顔をした。滝本を苛めちゃいけないと頭では分かっているが、さっきの女の子達に囲まれた滝本の姿が目の前にチラついて、俺はその怒りをぶつけずにはいられなかったんだ。
「やっぱり、怒ってるんですね」
「誰のせいだよ」
「ごめんなさい」
 不毛で気まずい会話が交わされ、俺は地団駄踏みたいほど苛立った。こんなつもりじゃないのに、こんな風に滝本を傷つけたい訳じゃないのに、どうして素直に「永良沙織とつき合ってるのか?」て訊けないんだろう? 
 その時、山田が俺を呼びに来た。
「白藤さん、K鉱業の元木さんからお電話です」
「あ、すまん。今、行く!」
 俺は飲みかけのコーヒーカップをゴミ箱に放り込むと、オフィスへと走った。


          act.4
 ついさっき年始の挨拶に行ったばかりのK鉱業の担当者に、すぐ来て欲しいと頼まれて、俺は一人で出かけた。山田は、美香に頼まれた調べもので手が放せなかったからだ。
 通されたのはいつもの応接室ではなく、重役用の応接室だった。なにかヘマをやったのではないかと青くなっていると、担当者の元木さんがニコニコしながら入ってきた。
「年始回りで忙しい時に呼び出して悪いね。うちの海外事業部の本部長が、さっき君を見かけて、どうしても話したいと聞かなくてね」
 そう言って紹介された浜崎部長は、あの夜の男だった。まだ年若い30代後半のその男は、自分より年上の元木さんを鷹揚な仕草で追い払うと、優しい微笑みを浮かべて俺を見やった。
「もう一度、会えるなんて、まさに運命だな。私は来週からまたフィリピンへ半年の出張に行くことになってるんだ」
「あの……お話ってなんでしょう?」
 俺は、恐る恐る聞いた。
「君を愛している。フィリピンへついて来てくれないか? 一緒に暮らしたいんだ」
「はあ?」
 俺は危うく椅子からずり落ちそうになった。なんて惚れっぽい男なんだろう。だけどこれはまるで『現地妻』を囲うノリじゃないか。
「君に一目惚れしたんだよ。あの時は、酷い目に遭わせて本当にすまなかった。懸命に痛みを堪えている君が、あまりに可憐でいじらしくて、つい頭に血が上ってしまった。あんなに出血して死んでしまうかと思ったよ。なのに医者を連れて戻ってみれば君は消えていて」
「まっ、待って下さいっ!! 怪我の責任なら取ってもらわなくて結構です!」
 男の申し出に唖然としながら、俺はなんとかまずそれだけ言った。怪我をしたのは、あんたのサイズがデカすぎたからなのに、愛人にされてあんなので毎晩、ヤリまくられたら死んじまうじゃないか! どうしてそんな簡単なことがわかんないんだよっ!?
「すみません、俺、酔ってたんです。それに、あなたがとてもハンサムだったから……」
 今もダブルの背広が憎いほど様になってる男の身体は、惚れ惚れするほどセクシーだ。セックスの相性さえ良ければ滝本から乗り換えてもいいんだけど、いかんせんサイズがなぁ。俺、あんなのに慣れたらガバガバになっちゃうよ。
「ごめんなさいっ!! あの夜のことは忘れて下さい!」
 俺は、叫ぶように言うと男の返事も待たずに応接室を飛び出した。この会社には二度と近づかないぞ。上手いこと山田を言いくるめて一人で営業に来させよう。
 すっかり脱力してしまった俺は、会社に直帰すると電話して真っ直ぐ自分のマンションへ帰った。


 翌日、出勤すると滝本が左頬に大きなバンドエイドを貼っていた。
「その顔どうしたんだ?」
 俺が不思議に思って尋ねると、側にいた営業アシスタントの女の子が、さもおかしそうにププッと吹き出した。
「ちょっと、引っかかれたんです」
 笑われたことで気分を害したらしい滝本が、不機嫌そうに答えた。引っかかれた? 女にか? 俺は喉まで出かかったその疑問を必死で飲み込んだ。だって、まるで俺が妬いてるみたいじゃないか。
「今夜、飲みに行かないか?」
 昨日の仲直りをしようと誘ってみる。
「いえ、今夜はちょっと……」
 硬い表情で拒否され、俺はショックを受けた。やっぱり怒ってるんだ。
「そっか……じゃあ、また別の機会にでも誘うよ」
 明るく言ってみたものの内心は嵐だった。お陰で仕事が手に着かず、俺は新年早々、残業するハメになった。
 なんとかキリを付けて外に出ると、雪がちらついていた。道理で冷えると思った。寒さが苦手な俺は、疲れと空腹も加わって、思い切り落ち込んだ。
「こんな時間まで残業かい?」
 突然、声を掛けられ驚いて振り返ると、あの男が立っていた。
「浜…崎さん……?」
「君を待っていたんだ。夕食につき合ってくれ。君は和食が好きなんだってね。蟹の美味しい店が予約してあるんだ」
 頼むから俺を馬鹿だと言わないでくれ。大好物の蟹をチラつかされ、目の前で暖房の効いた車のドアを開けられたら、逆らえるわけないじゃないか。俺は誘蛾灯に引き寄せられる蝶のように、ふわふわとした足取りで浜崎さんの車に乗り込んでしまった。
 連れて行かれたのは、蟹料理で有名なチェーン店の一つで、小さな中庭に面した個室だった。浜崎さんは、俺がここの蟹雑炊が大好きだという情報を元木さんから仕入れたらしい。
 俺は出される料理を片っ端から元気良く片づけた。ヤバいムードにならないよう酒はできるだけ飲まないように注意した。隙を見て、食事代を置いてトンズラしようと目論んでいたが、浜崎さんはそんなことは端からお見通しだったようだ。
「ちょっと電話を掛けてくるよ。逃げるならその間に逃げなさい。会計はもう済ませてあるから、食事代は置いて行かなくていいからね」
 余裕の笑みでそう言われて、俺はあまりの格好良さにボーとしてしまった。かと言って、抱いて下さいと言わんばかりに待っているのも癪なので、俺は自分の携帯の番号を残して帰った。
 携帯電話は、タクシーの中で掛かってきた。
『番号を教えてくれたということは、嫌われてはいないと解釈してもかまわないかな?』
「もっと早く出会えなくて残念です。俺は今、つき合ってる奴がいるから」
 俺は正直に滝本のことを告白した。
『そうか、それは本当に残念だ。でももし、そいつと駄目になったら私のことを思い出してくれ』
「その前に、きっといい人が現れて、あなたを捕まえちゃいますよ」
 俺の返事に浜崎さんは、大きな声で楽しそうに笑った。
『その時は、逃した魚は大きかったと悔しがってくれ』
「ええ、そうします。今夜は本当にありがとうございました。それじゃ、お休みなさい」
 落ち込んでいた俺は、いい男に優しくされて、美味しいものをたらふく食べて、すっかり元気を取り戻していた。


          act.5
 昼休みに、俺は滝本から会社の屋上へ呼び出された。寒風の吹きすさぶこの季節、屋上へ出ようなんて物好きはまずいないから、密会にはもってこいの場所だ。くそ寒いのを除けば……。
 もう一日、我慢すれば明日は金曜日で、夜になれば好きなだけヤリまくれるのにとぼやきながら屋上に出ると、先に来ていた滝本にいきなり抱きすくめられた。
「K鉱業の浜崎部長と食事したって、本当ですか?」
「ああ、蟹会席を奢って貰った」
「それ以上は、なかったんですね?」
 滝本の視線が、俺の身体を検分するように這い回った。
「何もないよ。妬いてるのか?」
 本当は正月に一度、寝たけど、それは昨夜じゃないから、別に俺は嘘は吐いてない。滝本はその前のことは聞いてないし、黙っておくのがお互いのためってものだ。何より、あんな悲惨な割の合わないセックスを浮気の数に入れられるなんて冗談じゃない。
「俺が飲みに行こうって誘ったら断ったくせに」
 俺は何となくバツが悪くて、ふてくされた顔で滝本に言ってやった。
「それは週末を二人で過ごすためです。本当は、女の子達が週末にうちへ来るはずだったのを昨夜にして貰ったんです」
「ふぅん」
 俺の気のない返事に滝本は焦れたように言った。
「本当は怒ってるんでしょう? 俺が女の子達と仲良くしてたから」
「別に」
 俺が怒ってるのは、“女の子達”じゃなく、永良沙織と個人的に親しくしてたことだ。
「だったら、どうして浜崎部長と食事になんか行ったんです?」
 滝本の咎めるような口調に、思い切り後ろめたいところのある俺は、ブチッと切れた。
「おまえだって、永良沙織と親しくしてるじゃないか!!」
「えっ!? 知ってたんですか?」
 俺の反撃に滝本は、目を丸くした。
「俺、正月の二日におまえのところに土産を持っていってやったんだよ」
「ああ、それで――。やだなぁ、女の子の振り袖なんか脱がしたら後が大変じゃないですか。俺はそんなことしませんよ」
 滝本は俺を抱き締めたまま、脳天気にケラケラと笑った。
「大変て、何が?」
 俺は間抜けにも訳が解らず訊いてしまった。
「帯ですよ。とてもじゃないが素人の結べるものじゃないから、脱がせたら最後、女の子の親にバレちゃって後が大変なんですよ」
「さてはおまえ、前科持ちだな」
「俺じゃなくって友達がです。でもそっか、それでここんトコ、なーんかよそよそしかったんだぁ」
 滝本は納得すると、早速、俺のズボンに手を入れてきた。
「やっ、冷たいッ!!」
 俺は慌ててその手から逃れるためにしゃがみ込んだ。こんな寒いところで本番なんてご免被りたい。
 取り敢えず一回、口で抜いてやって、後は明日の夜のお楽しみにして貰おう。俺は、テキパキと滝本のズボンの前立てを割ってモノを掴み出すと、口に含んだ。


 金曜の夜、滝本のマンションを訪れた俺は、最初それが猫だとはわからなかった。首に襟巻きトカゲのようなモノ(正式名称はエリザベス・カラーという)を付けた奇怪な生き物は、ニャアではなく、ギャアと鳴いた。
 首に付けたモノで頭が重いらしく、実に情けない足取りでフラフラと歩く。右足と腹には白い包帯が巻かれ、猫版フランケンシュタインといったところだ。
 滝本は『ミイコ』と名付けたらしいが、とても雌とは思えない不細工な面だった。おまけに子猫じゃなく、立派な成猫だ。警戒心が強くて、決して俺には近寄ろうとしない。全く、かわいげの欠片もない猫だ。
「どうせ飼うなら、子猫を貰えばいいのに」
 俺が呆れたように言うと、滝本は照れ臭そうに「一目惚れしたんです」と笑った。年末に、事故で重傷を負った猫を拾った永良沙織は、引き取り手が見つからず困っていたところ、滝本が豪勢なマンションで一人暮らししていると人づてに聞いてダメモトで声を掛けたらしい。動物病院で点滴に繋がれ、グッタリとしたミイコの瞳を見た時、滝本は天啓のように閃いたんだそうだ。自分達は親友になれると。


 久しぶりに気持ちのいいセックスをして余韻を味わっていた俺は、ベッドの下に転がっていた猫じゃらしを見て、ふと不安になった。滝本が俺よりミイコの方が大事になったらどうしよう・・・。
 クリスマス以来、初めて訪れた滝本のマンションは、ミイコのものが随分、増えていた。猫用トイレに、専用の餌皿、水皿、爪伽に猫用のオモチャ。さらに猫用の爪切り、櫛、シャンプーetc。俺のものより、ミイコのものの方が多いことに気づいて、俺はミイコに激しく嫉妬した。
「なぁ、俺の歯ブラシ、置いていってもいいか? なんかミイコのものばっかりあって、悔しいんだ」
 俺が滝本の胸の中で呟くと、滝本は嬉しそうに笑った。
「いつも、そう言う風に素直に何でも言って下さいね」
「なんだよ、俺って素直じゃないのか?」
「あれ? 自覚なかったんですか? 哲也が素直なのはセックスの時だけなのに」
 言って滝本が、大きく腰をグラインドさせた。
「ん、ああっ……そこ、イイッ!!」
 グリグリといいトコロに先っぽを擦りつけらて、強烈な快感に身体が跳ねる。
「ほらね」
「もっと…欲しい……ぁ、アアッ!!」
 滝本が再び強弱を付けて打ち込み始めると、俺は我慢しきれず、はしたなく腰を振ってしまう。
「アッ、イイッ……たきもとっ、たきもとッ!」
 こんなにイイのは、おまえだけだ。浮気はもう懲りたから、これからはおまえだけにする。おまえが、どうしてもって言うなら、あの服だって着てやるからさ、他の女なんかに着せるなよ。
                           END

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