嫉妬 月桜可南子 |
ホテルの個室のドアが閉まった途端、優(すぐる)は大河内の背中に抱きついた。正確にはしがみついたといった方が的確な表現だろう。 「どうした? ワインに酔ったのか?」 滅多にない大胆な行動に、大河内が不審げに問いかける。優は、大河内の背に顔を埋めたまま、勇気を振り絞って囁いた。 「抱いてください」 消え入りそうな声だったが、何とか大河内には届いたようだ。力強く抱き寄せられ、そっと黒縁眼鏡を外された。 「いつもは、飲むとすぐに眠ってしまうのに、今夜は珍しいな」 ベッドで、優の身体から最後の一枚を剥ぎ取ると、大河内が上機嫌で言った。 「ずっと…緊張し……たか……あっ、そこはっ!」 ぷっくりと立ち上がった乳首を、唇で扱くように愛撫され、優はぶるりと身体を震わせる。 「確かに長い三時間だったな」 大河内は感慨深げに呟くと、優の蕾に三本目の指を加えた。画商の奈々衣に請われて、アメリカの大富豪・オズモンド氏とその同性の恋人に会ったのだ。顔合わせは、当初二時間の予定だったが、大富豪の恋人が遅刻して来たため、気詰まりな会食がお開きになったのは三時間も過ぎてからだった。 「あ、ふうっ…んく……」 内部でバラバラに指を動かされ、優は官能に堪えきれず涙を浮かべて訴えた。 「もう……ください」 優が求めなければ、大河内は挿入をしない。それが性的虐待を受けていた優への、大河内なりの配慮らしい。 優は、そろそろと両膝を開くと、男が挿入しやすいように膝を抱えて秘部を晒した。たまらなく恥ずかしいが、大河内の剛直が与えてくれる甘美な快楽を期待して、そこは浅ましくヒクついている。 「おまえは、本当に可愛いな」 大河内は、じれったいほどゆっくりと押し入ってきた。狭い内壁が、大河内の形に広げられ、巨大な雄を食い締めていく。 「せっ、せんせ…いっ、あ――っ……」 根本まで自身を埋め込むと、大河内が不機嫌にぼやいた。 「優、ベッドでは名前を呼ぶ約束だろう」 「すみません……」 「罰として最初は自分で動くこと。できるだろう? ほら」 大河内は、優を抱き起こして自分の膝に載せる。 「自分で……動く?」 困惑した優が目を瞠ると、大河内は甘い微笑みを浮かべた。 「優に、感じさせて欲しいんだ。俺を溺れさせてくれよ」 うっとりするほどセクシーな声で強請られて、優の下半身はズクリと突いた。この男が欲しい、と心の底から思う。誰にも渡したくない。この身体で繋ぎ留めることができるのなら――。 「僕は、あなたのためなら、どんなに恥ずかしいことだってできます」 優は唇を噛みしめると、剛直を最奥まで飲み込んで小さく腰を揺らし始めた。蕩けるほどに大河内を感じさせたい。体中で「愛している」と叫んでいた。もはや羞恥心など霧散して、優は持てる技巧のすべてで男を愛し始めた。 「ん……あふ…んん、ん……」 緊張と弛緩を繰り返しながら腰を前後に揺らす。肉棒の大きさに慣れると、上下のピストン運動で激しく擦りあげる。抜けそうになるまで引き抜くと蕾で先端を絞り上げ、再び最奥まで飲み込むと、下腹に力を入れて締め上げる。そのまま腰を大きくグラインドさせると、 「だめだっ、それ以上は――」 大河内は掠れた声で叫び、優を押し倒した。主導権を取り戻した大河内の激しい挿抜が始まる。 「あっ、あっ、あっ、んくっ……ひあっ」 嵐のような激しさで揺さぶられ、肉のぶつかる音が響く。それと共に行為の激しさを物語るかのような水音。優は、肉筒が挿送の激しさに燃え上がり、溶け出したかのような錯覚に囚われた。熱い――。体中がドロドロにとろけそうだ。 「ヒッ、アッアア――ッ!!」 嬌声を上げて優は白濁を放出した。ぼんやりと大河内を見上げると、彼も今まさに達するところだった。精悍な顔が苦しげに歪められ、次の瞬間、優は最奥に迸る熱を受け止めた。生暖かな熱が腹の中に広がっていく。 「すき…です」 優は思わず呟いていた。 あの美しい人に、大河内を取られたくない。まるで宝石のような輝きを放つ彼に、大河内が惹かれているのはよくわかっている。それでも、自分だけを見ていて欲しい。自分だけを愛して欲しい。 切なさに涙が零れた。堪えきれずに漏らしてしまった嗚咽に、大河内は少し驚いたようだ。しばらく逡巡した後、口を開いた。 「何を不安がっているんだ? オズモンド氏のことか? それとも彼の恋人のことか?」 「戸惑っているんです。僕なんかに、あの綺麗な人を描ききることができるのかどうか……。すべてを取り込まれてしまいそうで怖い」 大河内を奪われそうで怖いなどとは口にできなかった。そんな権利など自分にはないと心得ている。それより、あれほど強烈な光を放ちながら、捕らえどころのない彼を、どう描けばいいのかわからず、優は途方に暮れていた。そして、自分に向けられた冷ややかな敵意も感じていた。 「オズモンド氏は、おまえの才能を高く評価してくれている。だからこそ、あの気難しい恋人をおまえに描かせる気になったんだ」 「気難しい?」 「俺はあんなに屈折した人間は、そうそういないと思うがな」 苦虫を噛みつぶしたような表情で大河内は言った。 「まあ、米国で一二を争う大富豪のパトロンを得るためだ。ご機嫌を取る甲斐はあるさ」 ペロリと優の涙を舐め取ると、優しく頭を撫でてくれる。優は、ようやく大河内が自分のために、あの美しい人のご機嫌を取ってくれていたのだと気づいた。 嫉妬で、大河内の配慮に気づかなかった自分は、なんてバカなのだろう。こんなにも愛されているのに、大河内を信じ切れなかったなんて。 優は、おずおずと大河内の首に腕を巻き付けると、その唇にキスをした。 「今夜は、やけに積極的だな」 大河内が極上の微笑みを浮かべた。 「ご期待に応えて朝まで寝かせないから、覚悟しろよ」 「ええ、恭介の望むままに」 再び零れた涙は、もう悲しみの涙ではなく―― END |