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ピュア・ボーイ     月桜可南子
          Masato.1
 俺の初恋は物心ついてすぐ、相手は隣の家のきれいなお姉さんだった。俺は4歳、お姉さんは21歳だった。
 彼女はとても儚げな美人で、ガハハと笑うお袋とは正反対。身体もお袋の半分ほどの細さだった。
 しかし美人薄命とはよく言ったものだ。彼女は22歳で男の子を出産したが、産後の肥立ちが悪くて呆気なくこの世を去ってしまった。
 白いベビー服にくるまれた、どこもかしこもふわふわの赤ん坊は、祖父母の手によって大切に大切に育てられた。名前は、杉原要(すぎはら・かなめ)。今年13歳になる中学一年生だ。
 要は、黙ってさえいれば楚々とした母親の面差しそのままに、かなりの美少年といえた。しかし一旦、口を開くとその毒舌に誰もが逃げ出す、恐ろしく勝ち気な少年だった。
 一人娘の忘れ形見として、祖父母から甘やかされ我が儘一杯に育った要は、その美貌も手伝って、およそ人を思いやるということを知らない世間知らずの子供になってしまった。まあ、俺もその一端を担った一人なのだから偉そうなことは言えないのだが……。
「雅人兄、キャッチボールしようよ」
 夏休みの宿題に飽きた要が、遊びを強請ってきた。
「ちゃんと今日のノルマは終わったのか?」
 窓際で参考書を開いていた俺は、肩にまとわりつく要を押し退けて、要の勉強机に歩み寄った。要らしい踊るような元気のいい文字がドリルに溢れていたが、よく見ると半分も終わっていない。
「なんだよ、ちっとも進んでないじゃないか」
「キャッチボールが終わったら、続きをするから、ねっ?」
 おねだりする時の癖で、小首を傾げる要は本当に可憐だった。しかしここで負けてはいけない。キャッチボールなんかしたら、要は疲れてすぐ眠ってしまうに決まってるんだから。
「駄目だ。これが終わるまでは、キャッチボールはしない」
 きつい口調で言い渡すと、要は途端に頬を膨らませた。何だか、リスが頬袋一杯に食べ物を入れてるみたいで笑える。
「じゃ、いいもん、亮太とやるから」
 亮太というのは、隣町の同級生で、要が中学に入ってから仲良くなった友達だ。童顔の要と並ぶと異様に迫力のある大人びた少年だ。無骨で垢抜けないが、要をよく甘やかすので、いつの間にか要も懐いてしまった。
「こんな時間から隣町に行ったら、帰りは真っ暗になるぞ」
「雅人兄、迎えに来てよ」
「やだね、要が勝手に宿題をサボって遊びに行くんだから」
 意地悪く言うと、たちまち要の大きな目に涙がてんこ盛りになった。
「うっ……」
 泣くまいと懸命に涙を堪えている要の姿がいじらしくて、俺は激しい後悔に襲われた。
 要は小学校4年の時、キャンプに出かけた山で迷子になって以来、夜道を一人で歩いたり、一人で見知った人のいない場所へ行くのを極度に怖れるようになったのだ。相手に遊びに来て貰うとか、送って貰うという機転が効かない辺り、まだまだ子供だなと思う。
「せめて後1ページやったら俺が相手をしてやるよ」
 優しい声音で妥協案を示すと、要はパッと光が散ったようなきれいな笑顔を浮かべて肯いた。
「ホントっ!? 絶対だよ?」
 嬉しそうにそそくさと席に着くと、俺が中学の入学祝いに買ってやったシャープペンを握りしめる。あーあ、俺も甘いよなぁ。


 キャッチボールを一時間ほどして、ちょっと目を離した隙に、予想通り、要は俺の家のソファーで寝こけてしまった。共働きのお袋が帰ってくるのは夕方5時半だから、それまで寝かせておいてやることにする。
 要が飲み残したアイスティーのグラスを片づけようとした時、ドアホンが鳴った。宅配便かな、と思いながら玄関へ行くと、クラスメートでセックスフレンドの桃花が立っていた。
「近くまで来る用事があったから、聴きたいって言ってたCDを持ってきたの」
 十日ぶりに会う桃花は日焼けして見事な小麦色の肌をしていた。そういえば海に行くって言ってたな。
「サンキュ、上がれよ。何か冷たいものでも飲んでってくれ」
「ありがとう。喉がカラカラなの。冷たいウーロン茶ある?」
 屈託なく笑い、上がり込んできた桃花に、俺は缶ウーロンを冷蔵庫から取り出して手渡してやった。グラスは? なんて言わないのが桃花のいいところで、何かにつけて手の掛かる要とは大違いだ。
「ねぇ、時間あるなら、Hしてもいいわよ」
 桃花の誘いに、俺はチラリと壁掛け時計に目をやった。
 今、4時50分。お袋が帰ってくるまで30分以上ある。
「俺の部屋へ行こう」
 チラリと頭の隅に、居間で眠っている要のことが過ぎったが、俺は十日ぶりのセックスに夢中になってしまった。そして、桃花を見送るため再び階下に降りた時、居間に要の姿はなかった。 
 今、思い返してみれば、要が変によそよそしくなったのはそれからだった。事あるごとに俺の身体にじゃれついて、鬱陶しいほどだったのが、最近はほんの少し腕がぶつかっただけでもビクリとして身を引くのだ。
 まさか中学生にもなってSEXを知らないとは思えないが、桃花の派手な喘ぎ声が要にはショックだったのかもしれない。俺も小学二年の時、両親のアノ時の声を聞いてしまった時は、かなりショックだったもんな。


          Kaname.A
 母さんは、僕が生まれて間もなく亡くなった。父さんは、赤ん坊の僕を育てることができなくて母方の祖父母に僕を渡したらしい。らしいというのは、僕は父さんに会ったことがなくて、祖父にそう言われたからだ。
 祖父母の前では、なぜか父さんの話は禁物だった。特に祖母は父さんのことを嫌っていたから、僕は決して父さんのことを話題にしなかった。
 僕は両親の分まで祖父母に愛されて、13才になる今日まで何の不満もなく幸せに育った。母さんに生き写しだと言われる僕の顔は、酷く中性的で線が細かったけど、隣の家に住む雅人兄は、「綺麗だ」「可愛い」と事あるごとに誉めてくれた。だから僕は、幼稚園に入園する頃には、ちょっと顎を引いて上目遣いにおねだりすれば、欲しいものを手に入れたり、大抵のわがままが許されることを知っていた。
 雅人兄は僕より5才年上で、スポーツ万能なだけでなく頭も良くて、カッコ良かった。一見クールな雅人兄が、僕にだけはとても甘くて、なんでもわがままをきいてくれるのが、すごく誇らしかった。
 そう、あの日まで僕は、雅人兄が僕だけのものだと信じて疑わなかった。


 友達の亮太と市営プールに行った後、夏の日差しにバテた僕達はハンバーガー屋で休憩をした。僕はシェイク、亮太はアイスコーヒーだ。店内は夏休みということで何組ものカップルが楽しそうに話し込んでいた。
「僕、女の子に生まれたかったな」 
 溜息と共に呟いた僕の言葉に、亮太が眉を顰めた。
「どうしたんだよ、急に……」
 とても同年とは思えない大きな体を屈めて、僕に顔を近づける。僕は慌てて口元を引き結んだ。
「何でもない!」
「それが何でもない顔か? 思いっきり悩んでますって顔に書いてあるぞ」
 亮太は優しい笑顔を浮かべて笑った。
「オレに話してみろよ。オレはいつだって要の味方だよ」
 確かにそれは事実だった。亮太は、僕をイジメから守ってくれたり、何か困ったことがあるといつも助けてくれた。
 でも、僕は話すのを躊躇った。だって同性に恋してるなんて、親兄弟にだって簡単に話せる事じゃない。
「要、話せよ。オレ達、親友だろ?」
 親友……その言葉に僕は大きく揺さぶられた。幼い頃から、女の子達にちやほやと甘やかされてきた僕には、男の友達なんてできるはずもなく、亮太は生まれて初めてできた同性の友達だった。その彼から『親友』と言われて、僕は有頂天になった。
「僕、隣の家の雅人兄が好きなんだ」
「前に要の家で会った人だろ? わかるよ、すごくカッコイイ人だもんな」
 その言葉に僕は勇気が沸いてきて、思い切って一昨日の『事件』を話した。つまり、その……雅人兄が部屋に女の子を連れ込んでHしてたことだ。
「凄く悔しかった。だって僕が女の子だったら、雅人兄と……」
 恥ずかしくて口ごもった僕に、亮太は平然と信じられないことを言った。
「男同士だって、セックスできるんだぜ」
「えっ?」
 僕はビックリして、亮太を見つめた。


 クーラーの効いた亮太の部屋で、僕はドキドキしながら、亮太が高校二年の従兄から借りたというゲイ雑誌を読んだ。男同士のHは、後ろを使うなんて初めて知った。その本によると相手をベッドに誘い込むには、まずキスが大切らしい。
 亮太は、お母さんがスナックを経営している関係で、ホステスのお姉さんと仲良くなって、すでに初体験を済ませていたから、経験はバッチリだ。僕は、亮太とキスの練習をすることにした。
「要、口を少し開けて」
 亮太に言われるまま目を閉じて口を開ける。すると亮太の舌が口の中に滑り込んできて、僕の舌をつついた。ぬるりとして生暖かくて、なんか変な感じ。
 僕は亮太を突き飛ばしたい衝動を懸命に耐えた。だけど上顎を舐められた途端、くすぐったいような気持ちいいような不思議な感じがして、一気に身体の力が抜けてしまった。
 たぶん、これが快感ていうものなのだろう。僕は下半身が熱くなるのを感じた。でも、こんなの初めてで、どうしていいかわからない。僕はひたすら亮太にしがみついて、されるがままになっていた。
「要、おまえのに触っていいか? 手で達かせてやるよ」
 熱っぽい瞳で囁かれて、僕は訳もわからず小さく頷いた。


          Masato.2
 テレビを観ていた俺が、喉の渇きを覚えて冷蔵庫の麦茶を取りにダイニングに行くと、専門学校に通う姉貴が一人で遅い夕食を食べていた。バイトで遅くなったらしい。
「要くんはこの頃、遊びに来ないわね」
 俺の顔を見て、思い出したようにポツリと言った姉貴の言葉は、刺のように俺の心に突き刺さった。このところ要は、同年の友達と遊び回っていて、全くうちに来ていなかった。以前は、二日と空けずに遊びに来て、頻繁に泊まっていたのに。
「中学に入ってから仲のいい友達が増えたみたいで、俺はお払い箱だよ」
 わざと自虐的に言ってみたものの、淋しさはどうしても拭い切れない。なんだか胸の奥がチクチクと痛んだ。
「残念ねぇ、いい目の保養だったのに。あれだけの美少年はまずお目にかかれないもの」
 溜息をついている姉貴の顔はお袋そっくりで、可愛いというよりひょうきんな造りだ。幸い俺は親父似で、姉貴ほど崩れちゃいない。少々、面長だがハンサムと言える部類に入ると思う。
 俺が麦茶のグラスを持って居間に戻ろうとした時、救急車のサイレンが聞こえてきた。こっちに近づいてくる?
「やだ、ずいぶん近いじゃない? 雅人、ちょっと見てきてよ」
 姉貴に言われて俺が玄関に出ると、要が泣きながら外に立っていた。
「要! どうしたんだ!?」
 びっくりして声を掛けると、要のきれいな顔が苦痛に歪んだ。
「おばあちゃんが……胸が苦しいって」
「ええっ!?」
 俺は慌てて要の家に飛び込んだ。
「おばさんっ!!」
 キッチンの流しの下で、要の祖母・千帆おばさんが胸を押さえて倒れていて、祖父の重孝おじさんがオロオロと付き添っていた。急いで駆け寄ると、すでにおばさんは意識不明だった。
 救急車には重孝おじさんが同乗し、要は俺の親父の車で姉貴に抱きかかえられるようにして病院へ向かった。俺とお袋は住所録を預かって、千帆おばさんの兄弟に連絡し、留守宅を預かることになった。
 午前を回って、やっと要は親父達と一緒に帰ってきた。おじさんは、万一に備えて病院に残ったということだ。
「雅人、あんたは今夜、こちらに泊まりなさい。親戚の方から電話があるかもしれないし、要ちゃんひとりでは心細いでしょうからね」
 お袋がしたり顔で言ったが、そんなこと言われなくても俺は要の側を離れる気はなかった。青い顔で唇を噛みしめている要は痛々しいほど憔悴していて、放ってなんかおけなかった。
「要くん、しっかりするのよ。男の子でしょう?」
 姉貴に励まされて、要はようやく顔を上げた。
「裕子姉、おばあちゃんは死んだりしないよね?」
「きっと大丈夫よ」
 姉貴は説得力のない不安顔で言った。途端に要が涙ぐむ。姉貴の馬鹿野郎! これじゃ、逆効果じゃないか!!
 

 何年ぶりかで俺は要のベッドの隣に布団を敷いた。うちに要が泊まることはしょっ中だったが、俺は滅多に要のうちに泊まることはなかった。なんと言っても隣同士なのだから、要が寝付いた後、自宅に戻って自分のベッドで寝るのが常だった。
「要、手を繋いでてやろうか?」
 眠れず何度も寝返りを打つ要を見かねて、俺が声を掛けると、小さな背中がピクリと震えた。
「いい。子供じゃないもん」
 不安に怯える要は充分、子供だと思ったがこんな時だから黙っておく。
「何があっても俺がついてるから、心配しなくてもいいからな」
「ほんとに? ずっと、ずっと側にいてくれる?」
「ああ!」
 俺は力強く肯いた。それから小さな沈黙が訪れ、やがて要が消え入るような声で訊いてきた。
「雅人兄の隣にいってもいい?」
「いいよ、おいで」
 すぐさま要はベッドを降りて、俺の布団に潜り込んできた。俺はその細い身体を優しく抱き締めてやる。そっと要の顔を覗き込むと、要は俺の胸に頬を寄せてじっと俺を見上げていた。
 そのあまりのあどけなさに、俺は激しく動揺した。ぷっくりとした唇が誘うように半開きになり、大きな瞳がゆっくりと伏せられるのを、俺は息を詰めて見つめていた。
「僕、雅人兄が好き……世界中で一番好き」
「俺もだよ」
 迂闊にもこの時、俺は要の『好き』をおばあちゃんが好き、近所のタマが好き、給食のプリンが好きってのと同次元に捉えていた。ところが要は違ったらしい。
「じゃあキスしよう!」
 嬉しそうに瞳を輝かせると、要は俺の首に両腕を巻き付けてきた。唖然としている間に、唇を奪われ柔らかな舌が入り込んでくる。俺はパニックになりながら、要を突き飛ばした。細い身体はあっけなく敷布団の上に倒れ込んだ。
「バカッ!! 俺達、男同士だぞっ!」
「知ってるよ、そんなこと。だけど男同士だってちゃんとHできるんだよ」
 生来の勝ち気さが顔を出し、要は得意そうに言った。
「どこでそんなこと覚えてきたんだ!?」
 俺は愕然とした。SEXを知らない年じゃないのはわかってるが、同性との倒錯的なセックスを要が知っているとは思わなかったからだ。
「亮太がビデオや本を見せてくれた」
 要はケロリとした顔で言ったが、亮太と聞いて俺はギクリとした。要と同じ中学一年とは思えない大人びた顔つきやがっしりした身体……。数日前、千帆おばさんがうちのお袋に、要が亮太くんの家に泊まりに行って淋しいと話していた。まさか……。
「要……亮太くんと寝たのか?」
「うん、いろいろ教えてもらった」
 その言葉に俺は金槌で殴られたようなショックを受けた。畜生!! あのクソガキっ!! 俺の大事な要に、なんてこと教えるんだよッ!!


          Kaname.B
 僕はこのところ、毎日、亮太の家に遊びに来ている。亮太は一人っ子で、母親とマンションに二人暮らしだ。スナックを経営している母親は、放任主義で亮太の部屋には決して立ち入らないし、午後3時になると店の準備で出かけてしまう。僕達は、部屋に籠もって好奇心と快感を満足させるべく、互いの身体の探検に夢中になった。
 キスをしながら、Tシャツの裾から潜り込んだ亮太の掌が、ゆっくりと僕の胸を撫で回すのを僕は熱に浮かれた意識の片隅でぼんやりと感じていた。亮太はぺちゃんこの胸なんか触って楽しいのかな? 僕はといえば、なんだかくすぐったいだけだ。
「んぁ……んん…ん」
 胸の突起をグリグリとこね回され、僕は思わず呻いてしまった。痛いようなむずがゆいような奇妙な感じ。それが気持ちいいとわかるまでしばらくかかった。アソコがわずかに勃ちあがったのを感じて、僕はようやくそれが快感なのだと認識した。
「やだっ、亮太! そんなとこ、触るな!」
「なんで?  気持ちいいだろ? ほら、ここ勃ち上がってる」
 短パンの上から、やんわりとペニスを握り込まれて僕は小さく喘いだ。
「ここならいいのか? じゃあ今日は口でしてやるよ」
「え…?」
 口でするって、何を? 訊こうと思った途端、亮太が僕のペニスを口に含んだ。あまりのことにビックリして目を白黒させているうちに、亮太がぴちゃぴちゃと卑わいな音を立てて舐めしゃぶりだした。一気にそこへと血液が流れ込んでいく。
「りょ…りょうたッ、ダメッ……ぅああッ!!」
 僕は瞬く間に登り詰めて、あっけなく射精した。亮太は器用にすんでのところで口を離し、僕の白濁を大きな掌で受け止めた。
 ハアハアと荒い息で酸素を貪っていると、ティッシュで掌を清めた亮太が自分のペニスを取り出した。
「じゃ、次は要の番だ。今、俺がやったようにすればいいんだよ」
 言われて僕は目を見張った。僕が亮太のを口でするのか!?
「ヤダ、できない!」
 僕はふるふると頭を横に振った。
「じゃあ、もう一回、お手本を見せてやるよ」
「もう、いい! こんなのヤダ!!」
「要はお子さまだなぁ。フェラぐらいできなきゃ、雅人さんを満足させてあげられないよ?」
 その一言で、僕は覚悟を決めた。恐る恐る亮太のモノに手を伸ばす。僕のよりふた周りは立派なそれは、僕の口にはかなり大きかったけど、僕は勇気を振り絞って先端を口に含んだ。


          Masato.3
「バカヤロウッ!!」
 俺はカッとして、無意識のうちに要を平手打ちしていた。要は打たれた頬を押さえて茫然と俺を見た。大きな瞳に涙が溢れて大粒の涙がすべらかな頬を伝い落ちる。
「なんで怒るの? 僕、雅人兄としたいんだ。あの女の人みたいにHしたい……」
 泣きじゃくる要を前に、俺は途方に暮れていた。元はと言えば大切な要がいる時に、桃花とセックスなんかした俺が悪いんだ。要はそういったものに好奇心旺盛な年頃で、俺達のセックスに刺激されて危ない好奇心を持ったからといって、責めるわけにはいかない。
 なんとか要を説得して、正しい道に戻してやらなくては大変なことになると、冷静さを取り戻した俺は考えた。
「要、打ったりして悪かった。もう怒らないからここへおいで」
 俺は要のベッドに腰掛けて、隣を指し示した。要は黙ってそれに従った。
「要は、亮太くんのことを愛してるのか?」
 俺の質問に要の頭が大きく横に振られた。
「だったらもう亮太くんとはセックスしちゃ駄目だ。セックスは一番好きな人とするものなんだから、自分の身体を粗末にするんじゃない」
 俺が、桃花とは身体だけの関係なのはこの際、内緒にしておく。
「うん、いいよ」
 素直にコクリと頷く要の愛らしさに俺は内心クラクラした。桃花なんかより遙かに肌理の細かいすべらかな肌にうっとりする。て、オイ、要に発情してる場合じゃない。
「あのな、俺は桃花と愛し合ってるからセックスするんだ。わかるな?」
「僕も雅人兄のこと、愛してる!」
 要が上目使いに訴えた。潤んだ瞳の色気は、すでに男を知ってるからだと思うと俺は胸の奥がチリチリと痛んだ。
「要の気持ちは、愛じゃなくて独占欲だよ。俺を独り占めしたくて桃花に焼き餅を焼いてるんだ」
「でも僕は本当に雅人兄が好きなんだ! だから雅人兄とHしたいっ!!」
 要は俺を見つめて懸命に訴えた。その気迫に、俺は一瞬たじろいだが、こればっかりは聞き入れてやるわけにはいかない。
「要も、そのうち素敵な女の子と出会って恋をすればわかる」
「でも僕は今、雅人兄とHしたいっ!!」
 駄々っ子のようにぐずる要に、俺は意を決して告げた。
「俺は、要を愛してないから抱けない」
 要の瞳がショックに見開かれた。
「わかったよ。もういい!」
 そしてパジャマの裾で涙に濡れた頬を拭うと、要は自分のベッドに潜り込んだ。
「おやすみ、要」
 俺はようやく安堵して隣の布団に横になった。一抹の淋しさと不安を胸に抱えながら……。


 千帆おばさんは、3日間生死の境を彷徨ったが、なんとか持ち直した。しかし当分は入院生活が続くということで、俺はお袋の作った総菜をせっせと要の食卓に運んでやった。
 あの夜から、要はますます遠い存在になった。俺の目を見て話さなくなったし、顔を会わせても会話らしい会話もない。このまま、距離が離れていくのかと思うと悲しかった。
 かといって要と関係を持つ気にはなれなかった。それは近親相姦にも似たタブーを俺に強く感じさせていた。赤ん坊の頃から知っていて、その成長を見守ってきた要は弟も同然だったからだ。
 いつものように勝手知ったる要の家の、裏庭に面した掃き出し窓を開け、俺はダイニングを覗いた。
「要、夕食のおかずを持ってきてやったぞ」
 重孝おじさんが病院へ出かけているのは知っていたが、夏休みの宿題のラストスパートをかけているはずの要は出てこなかった。昼寝でもしているのかと訝しみながら、俺は勝手に上がり込んで、テーブルの上に皿を置いた。
 シンクには汚れた食器が放置されたままだったので、俺はついでに洗っておいてやることにした。俺が食器を洗っていると、二階から階段を降りてくる足音がした。物音に気づいて要が降りてきたのだ。
「雅人兄、来てたの?」
 要は酷く怠そうに呟くと、冷蔵庫から牛乳を取り出した。それをグラスに注ぐこともせず、パックからそのまま飲む。
「行儀悪いぞ」
 およそ要らしくない行動に戸惑いながら俺が咎めると、要はほんの一瞬ちらりと俺を見た。そして目を伏せたまま俺が差し出したコップを無言で受け取った。その時、要のシャツの胸元にいくつもの鮮やかなキスマークを見つけて、俺は凍り付いた。
 俺の食い入るような視線から逃れようとするかのように要が顔を背けた。それが無性に腹立たしくて、俺は拳を握りしめた。
「要、早く来いよ」
 キッチンの入口に、亮太が立っていた。要は途端に動揺して、テーブルの上に牛乳とコップを投げ出して逃げ出した。バタバタと慌ただしく二階に駆け上がる足音を聞きながら、俺と亮太はギリギリと睨み合っていた。
「要に何をしたんだ!?」
 ようやく俺が絞り出すように言うと、亮太はせせら笑った。
「あなたが抱かないからオレが抱くんです」
「この野郎っ!!」
 俺は相手が中学生だということも忘れて殴りかかっていた。亮太は派手な音を立てて床に倒れ込んだが、少しもひるまず俺を睨み返してきた。
「オレが抱かなければ、要は行きずりの男に身を任せます。それともあなたが要を抱いて悦ばせてやってくれますか?」
 挑発的な亮太の態度に俺は逆上した。殴りつけようと腕を振り上げたところに、腹へ亮太の脚蹴りを食らって、俺は呻いて膝を折った。
「要を振ったくせに保護者面して出しゃばらないで下さい!」
 亮太は吐き捨てるように言うと、俺を残してキッチンを出て行った。俺はしばらく茫然とそこに座り込んでいたが、やがて二階から要の啜り泣きのような声が聞こえてきて、耳を押さえてキッチンを飛び出した。
 俺は恐ろしい後悔に捕らわれていた。 あんな奴に要を奪われたのが、悔しくて悲しくてやるせなくて気が狂いそうだった。
 なぜ大人風を吹かせて、つまらないモラルにしがみついたりしたのだろう。こんなことなら、あの夜、要を抱いてしまえばよかったんだ。
 だけど一度かけ間違えたボタンをどうやってはめ直したらいいのか、どんなに考えても俺にはわからなかった。


          Kaname.C
「俺は、要を愛してないから抱けない」
 それが僕の告白に対する雅人兄の答えだった。僕はあっけなく振られたというのに、それでもやっぱり雅人兄が好きだった。例え雅人兄が僕よりあの女の人を好きなのだとしても、僕はどうしても諦めることができなかった。
 雅人兄は、セックスは一番好きな人とするものだと言ったけど、僕は亮太の与えてくれる快楽に溺れていた。亮太は、すでにどこが僕のウイークポイントかすっかり心得ていて、的確に最高級の快感を与えてくれる。
 祖母が入院している寂しさと不安に押し潰されそうで、僕は中毒のように亮太の愛撫を手放すことができなかった。祖父が病院に泊まり込む夜は、決まって自宅に亮太を呼んで、明け方まで身体を貪り合った。
 祖父は僕達が一緒に夏休みの宿題をやっていると信じて疑わなかった。たぶん雅人兄も……。なのに夏休みも終わりに近づいたその日、昼過ぎまで亮太とふたり、ベッドで自堕落にウトウトしていた僕は、迂闊にも亮太の付けたキスマークを雅人兄に見られてしまった。
 雅人兄の冷たい視線に、まるで汚いものでも見るような蔑みを感じて、僕は少なからぬショックを受けた。その時、雅人兄に嫌われたと直感した。愛してないとは言われたけど、嫌われたり軽蔑されたりはもっと耐え難かった。だから僕は恐怖に駆られて逃げ出した。
 亮太が、泣いている僕を黙って抱き締めてくれた。雅人兄に殴られたらしい亮太の左頬は、赤黒く内出血していたけど、亮太は何も言わなかった。


 その翌日、祖父はまた病院へ泊まり込んだ。亮太は、当然のように泊まりに来た。そして僕は亮太に立て続けに4回もイカされて、疲れ果ててベッドに手足を投げ出していた。
「要、俯せになれよ」
 亮太が、自分のスポーツバッグから小瓶を取り出して言った。
「かったるい、もう少し休ませてよ」
「じゃ、そのまま膝を立てて」
 仕方なく僕は仰向けのまま、ゆるゆると膝を立ててやった。亮太は僕の腰の下に枕を入れると、小瓶の中身の液体を僕の下半身に垂らした。その液体は肌に触れると途端に熱を持ちポカポカしてきた。
「なっ…何!?」
 不安になって尋ねると、亮太が得意そうに笑った。
「潤滑剤だ。ホットジェルって言うんだ」
 そしてペニスだけでなく僕の後ろの窄まりにまで、それを塗りつけてきた。
「亮太、そんなトコ触るなよっ!!」
「今さらなんだよ。いつも舐めてやってるじゃないか」
「でも……」
「ちょっと指を入れる位、いいだろ?」
「やだっ!! 絶対に嫌だ!」
 僕はビックリして起き上がった。後ろを使うなんて絶対に嫌だ。もちろん痛いからだけど、後ろに入れてもいいのは雅人兄だけだ。
「ふーん、だったらもう、どこにも触ってやらない」
 亮太はあっさりと僕の身体から手を離した。でも、ジェルを塗られたところがジンジンと疼きだして僕は慌てた。
「あ…なんか変……」
「催淫剤も入ってるんだ。どうする? そのままじゃ辛いだろ?」
 亮太の言う通り、僕のペニスは硬く起立して、虫が這い回るようなザワザワとした疼きが押し寄せてくる。僕は途方に暮れて半泣きになった。
「入れるのは指だけだ。痛くないように優しくするよ。だからさ、要、いいだろう? ちゃんと気持ちよくしてやるから」
 僕の狼狽を見透かしたように、亮太は甘い言葉で僕を説き伏せにかかった。
「今までオレが要に痛い思いをさせた事なんて一度もないだろう? 大丈夫、怖くないよ」
 低いなめらかな声に囁かれて、僕は渋々肯いた。
「指だけだよ。それ以上したら絶交だからな」
「わかってるって」
 亮太は嬉々として僕の右脚を肩に担ぎ上げた。すべてが亮太の目に晒される恥ずかしさに、僕はぎゅっと目を閉じた。


          Masato.4
 秋風が吹き始めた10月の初め、要の祖母・千帆おばさんが退院してきた。おばさんに懐いて、孫のように可愛がってもらっていた姉貴は大喜びして、退院祝いのパーティーをしようと言い出した。
 俺は要と顔を会わせるのが辛くて躊躇ったが、お袋が賛成して料理の腕を振るうと宣言したこともあり、その夜、沢山の手料理を持って俺達家族は要の家の和室に集まった。
 あれ以来、俺と要は口を利いていなかった。俺が大学受験の勉強に専念したいと言ったので、総菜はお袋が運ぶようになったし、要が頻繁に亮太を泊めるようになっていたので、俺は要の家に近づかなくなっていた。
 久しぶりに会った要は、驚くほど綺麗になっていた。幼さを感じさせたふっくらした頬は肉が落ちてシャープになり、やんちゃな瞳は凍てつくような鋭いものに変わっていた。
「今夜は、お祖母ちゃんのために、ありがとう」
 どこか疲れた退廃的なムードを漂わせ、要は俺にゆったりと微笑んで見せた。その冷え冷えとした微笑みに、俺は度肝を抜かれてただ頷くことしかできなかった。
 これが、あの明るく勝ち気だった要なのか? まるで10歳も老け込んだようなこの落ち着きは何なんだ!?
 それでも要は今までの寂しさを埋めようとするかのように、やたらと千帆おばさんに甘えていた。そのわざとらしいほどの陽気さが、俺には返って痛々しかった。要は知っているんだ。千帆おばさんが、もうあまり長くないことを……。
 俺は食事を終えると、受験勉強と称して一人先に自宅へと戻った。なんだか茶番めいたあの場所にいるのが苦痛だったのだ。
 数学の問題集を開いて5問ほど解いた時、部屋のドアがノックされた。そして返事も待たずに要が入ってきた。
「デザートだよ」
 そう言って差し出されたのは、チーズケーキ。姉貴が朝早くからキッチンに籠もって作った苦心作だ。
「下で、紅茶でも淹れて一緒に食べようか?」
 俺の誘いに要は首を横に振った。
「……そっか」
 少しがっかりして、俺はケーキの皿を机の上に置いた。しかし要は俯いたまま帰ろうとしなかった。
「どうした? 話でもあるのか?」
 俺が水を向けてやると、要はしばらく逡巡した後、やっと口を開いた。
「先週、街であの女の人が宇部高の男と歩いてるの見たよ。……すごく、仲良さそうだった」
 桃花が最近、宇部高の男とつき合い始めたのは知っていた。俺は予備校通いで忙しくて、桃花をかまってやる暇がなくなったというのが表向きの理由だが、本当は要に対して後ろめたさを感じた俺が、桃花と別れたかったというのが真実だ。
「雅人兄……怒ったの?」
 要は、俺がなんと説明しようかと迷って沈黙しているのを勘違いしたらしい。やや気弱な視線を向けてきた。
「彼女とは、いろいろあって別れたんだ」
 俺は軽く笑って言った。
「ふぅん、そうだったんだ……」
「俺は今、受験のことで頭が一杯だから、恋愛は合格までお預けだけど、彼女には幸せになって欲しいと思ってる」
 同情されるのが嫌で、そんな強がりを言った俺に、要は小馬鹿にした表情を浮かべた。
「お人好しだね。雅人兄って、ホント、堅物で優等生なんだから呆れちゃうよ」
 そのはすっぱな物言いに、俺はムッとした。
「要、性格悪くなったな。付き合う奴が悪いんじゃないか?」
「何、それ? 亮太のこと? 雅人兄にとやかく言われる筋合いないよ」
 そう言って、肩をそびやかしてせせら笑う要の仕草が、あまりに亮太そっくりで、俺は先日の一件を思い出して逆上した。あの時、亮太は俺が要を抱かないから自分が抱くのだと言った。では、俺が要を抱けば……。
 その時、要が婉然と微笑んで言った。
「ねぇ、彼女と別れて溜まってるんでしょう? 僕が口でしてあげるよ」


          Kaname.D
 僕は、勉強机の椅子に座っている雅人兄の前に座り込むと、ベルトに手を伸ばした。てっきり拒絶されるかと思ったけど、雅人兄は驚愕に目を見開いたまま動かなかった。それをいいことに僕は手早く雅人兄のモノをジーンズの中から取り出して銜えた。
 さんざん亮太と練習したから、なにより大好きな雅人兄のモノだから、僕はなんの躊躇いもなく、それを口に含むことができた。裏筋を舌で舐めながら、唇を使って扱く。先端の割れ目も丁寧に舐めた。
「か…要っ、止めるんだ……」
 やっと正気に戻ったらしい雅人兄が、弱々しく僕の髪を引っ張ったけど、僕はそんなことでメゲなかった。竿を喉奥まで含むと右手で袋を揉みしだく。雅人兄のモノは、瞬く間に硬度を増して大きくなった。
「畜生っ! 要の大馬鹿野郎!!」
 雅人兄の声が涙声だったので、僕は驚いて雅人兄のモノを離した。泣くほど嫌なのかと恐る恐る顔を上げると、噛みつくようにキスをされた。乱暴に歯列を割って舌が潜り込んできたと思うと、雅人兄は僕をベッドに押し倒した。
 本気で僕を抱くつもりなのだと気が付いて、僕は慌てた。僕はまだ、『本番』の経験がなかったからだ。
 亮太の指で内部を刺激されて達したことは何回かあったけど、僕はペニスの挿入だけは絶対に許さなかった。それを許すのは、雅人兄だけと決めていたから……。僕の心臓は期待と不安で破裂しそうだった。
 ところが雅人兄は、もどかしげに僕のジーンズを剥ぎ取ると、僕の両脚を抱え上げいきなり突き入れようとした。
「ダメっ!! いきなりなんて無理だよっ!」
 僕はびっくりして暴れた。指でも抵抗があるのに、雅人兄の立派なモノでいきなりされたら、裂けてしまう。
「お願い……ちゃんと準備をしてからにして」
 滅茶苦茶恥ずかしかったけど、背に腹は代えられない。僕は必死で訴えた。
 軽く舌打ちして、雅人兄は僕の身体を俯せにした。僕は腰だけを高く掲げる卑猥な格好をさせられて、目眩がしそうだった。
 でもそれ以上にショックだったのは、雅人兄が僕の後ろを舐め始めたことだ。尖った舌がそこをこじ開けて唾液を流し込む。
 亮太によって開発されたソコは、すぐに雅人兄の二本の指を飲み込めるようになった。馴染んだ快感に、僕の唇からはあられもない嬌声が零れた。
「や…ぁあん……そこ…気持ちいいよぉ……ああぁ……」
「挿れるぞ」
 雅人兄は快感で朦朧となった僕に、掠れた声で告げると、そこに自身の先端をあてがった。先走りで先端がぬるりと滑る感触に僕は興奮した。やっと雅人兄と一つに溶け合えるのだと歓喜したのも束の間、次の瞬間、身体を引き裂かれるもの凄い痛みに叫ぶこともできず、シーツを握りしめた。
「う、ああぁ……」
 全身から冷や汗がドッと吹き出して身体が小刻みに震える。
「うッ…なんてキツいんだ」
 背後で雅人兄が何か呻いたけど、僕にはわからなかった。痛みと恐怖でパニックになりそうだったからだ。
 だけど僕は決して「痛い」とか「止めて」なんて言わなかった。そんなことを言ったら、雅人兄は二度と僕を抱いてくれないに決まってる。
 どの位そうして耐えていたのだろう? 内部で熱い迸りを感じて、僕は我に返った。
「クソッ!!」
 雅人兄は吐き捨てるように言って、繋がりを解いた。僕は痛みに耐えながら恐る恐る雅人兄を振り返った。
「どうしたの?」
 雅人兄はそれに答えず、無言でチェストの上のティッシュボックスから数枚抜き取って自分の後始末をした。それから僕にティッシュボックスを投げて寄越すと、さっさと脱ぎ捨ててあったジーンズを身に着けた。
 僕は雅人兄の不機嫌さの理由がわからなくて途方に暮れながらも、のろのろと雅人兄の残滓をティッシュで拭き取った。残滓に血が混じっていたから、傷ついて出血したのがわかったけど黙っていた。
「早く帰れよ。みんなが怪しむだろう」
 イライラとした口調で言われて、僕は泣きたくなった。終わった後、優しく抱き締めてキスしてもらえると信じていたから、あの切り裂くような痛みを耐えたというのに……。悔しくて悲しくて雅人兄を睨みつけたけど、あっけなく目を逸らされた。
 僕はあちこち悲鳴を上げる身体に鞭打って服を着ると、やりきれない想いを抱えて自宅に戻った。


          Masato.5
 俺は混乱し、怯えていた。
 要の内奥は、その……とてつもなく狭くて、普段、亮太とヤリまくっているとは思えなかったからだ。もしかしたら要は、男に挿れられるのは初めてだったんじゃないかという恐ろしい疑問が繰り返し襲ってきて、俺は受験勉強なんてこれっぽっちも手に着かなかった。
 あの時は、情けないことに先端を挿入しただけで達してしまい、恥ずかしさのあまり、要を気遣ってやれなかった。俺のやり方が下手だったらしく、要は出血していたというのに、俺は亮太とのセックスと比べられる事の方が怖かったのだ。
 だけど日が経つにつれ冷静になり、あの時のことを思い出すと、俺はどうしても考えずにはいられない。もしかしたら俺は、とんでもないことをしてしまったんじゃないかと……。
 だからと言って、面と向かって要に初めてだったのかと訊く勇気なんてなかった。第一、そんなことを訊いて何になるって言うんだ? 責任を取って結婚するとでも? 要は男なのに?
 参考書の上に突っ伏して落ち込んでいると、階下でお袋の派手な歓声が上がった。
「まあぁ!! 美味しいわぁ、上手にできたわねぇ、要ちゃん! お料理の才能あるわよ」
 その声に誘われて、俺は足音を忍ばせて階段を降り、キッチンを覗いた。
「おばあちゃんは、天麩羅は危ないから、やっちゃダメって言うんだ」
「そうね、火事や火傷の原因に多いらしいから、要ちゃんはやめておいた方がいいわ。天麩羅が食べたいなら、おばさんが作ってあげるから、ね?」
「うん、わかった。ありがとう、おばさん」
 そう言って微笑んだ要は、天使のように可憐だった。この笑顔にノックアウトされない奴なんていない。案の定、お袋も目尻を下げてご機嫌だ。
「紅茶でも淹れましょうかね、ミルクティー好きだったわよね。ついでに雅人にも持っていってくれる?」
 何も知らないお袋の発言に、俺は心臓が飛び出そうになった。一体、どんな顔をして要に会えばいいんだ!?
 慌てて部屋へ戻ると、ほどなく要がミルクティーとクッキーの載ったお盆を持って二階へ上がってきた。
「雅人兄、お茶だよ。両手塞がってるんだ、開けて」
 いつも通り元気のいい要の声に、俺はほんの少しホッとしてドアを開けてやった。すると要は、俺の脇をすり抜けて勉強机の上にお盆を置くと、我が物顔で俺に抱きついた。
「おばさん、雨が降り出したんで裕子姉を迎えに駅へ行ったよ。今なら、僕達だけだからHしよう!」
 屈託のない笑顔を向けられて、俺は戸惑った。俺がこんなに罪悪感で一杯なのに、なんで要はこんなにあっけらかんとしていられるんだろう。
「もう止めよう、あんなこと……要だって、全然、よくなかっただろう?」
「そりゃ…ちょっと痛かったけど……何回かすればきっと慣れるよ」
「要は、女じゃないんだから無理だよ。だいたい、あんな事に慣れるなんてとんでもない。なあ、要、俺は要に彼女ができるまで、誰とも付き合わないしセックスもしないことにする。だから、要も男とセックスなんてするな」
 要は、くっきりとした綺麗な二重の目を見開いて俺を見つめた。俺は要が泣き出すのではと身構えたが、要は暫く逡巡した後、こっくりと頷いてくれた。
「うん、雅人兄の言う通りにする」
 要の素直な同意に、俺は拍子抜けしながらも安堵した。
 

          Kaname.E
 憔悴した雅人兄が、僕の顔色を窺うように出した提案を僕は二つ返事で承諾した。雅人兄をこれ以上、苦しめたくなかったし、僕も雅人兄とひとつになることがどれほどの苦痛を伴うか、嫌というほどわかったから、『僕に彼女ができるまで、雅人兄も恋人を作らない』というのは、凄く魅力的な提案だった。
 僕はやっと満足し、安心できた。僕が彼女を作らない限り、雅人兄はずっと僕のものなんだから。
 雅人兄がその条件として提示した、『男とセックスしない』というのは、なんの問題もなかった。だって僕は雅人兄以外の男とセックスしたいなんて、これっぽっちも考えてなかったんだから。ましてや、男を受け入れるのがあんなに痛いことだとわかればなおさらだ。
 僕は、亮太にもはっきりと、Hなことはもうしないと宣言した。


 退院した祖母は、それまでとうって変わって、僕にあれこれ家事を教え始めた。たぶん自分があまり長くないことを悟って、自分が死んだ後、祖父や僕が困らないようにとの配慮からなのだろう。
 僕は、朝6時に起きて洗濯物を干し、朝食の支度を手伝った。放課後は、祖母の書いたメモを片手にスーパーで買い物をして帰り、夕食の準備を手伝う。初めは失敗も多かったけど、一週間もするとコツを覚えてきた。
 期末試験が近づいていて、勉強の方も大変だった。雅人兄は、受験の追い込みで大切な時だから、わからないところは亮太に教えてもらった。
 亮太は、ときどき僕の身体に手を伸ばしてきたけど、僕はきっぱり拒絶した。雅人兄との約束だから、僕は亮太の誘惑には絶対乗らなかった。
 二回ほど、そのことで亮太と喧嘩になった。だけど、僕が絶交すると言ったので、亮太も諦めたようだ。


 冬休みに入って間もなくのことだった。夕食の後片づけを終えてデザートのリンゴを食べていると、お風呂から上がってきた祖父が再びダイニングテーブルに座った。
「要、大事な話があるんだ。落ち着いてよく聞きなさい」
 祖母は祖父と入れ違いにお風呂に入ったらしく、浴室から水音が聞こえる。僕は、てっきり祖母の病状についてだと思って、居住まいを正した。
「おまえの父親が、おまえに会いたいと言ってきた。どうするかね? お父さんに会ってみたいか?」
 一瞬、僕は何を言われたのかよくわからなかった。父親? お父さん?
「どうして急に、そんなこと……。だって、今さら……」
 僕は自分でも何を言っているのかわからないまま、意味もないことを呟き続けた。
「何年か前にも連絡があったんだが、おばあさんが大反対して、おまえの耳には入れなかったんだ」
「そうなの……」
「まあ、今すぐ決めなくてもいいさ。向こうは何年でも待つと言ってるんだから。しかし、この話はおばあさんには内緒だぞ」
 祖父は少し困った顔をして言った。僕だって、祖母が僕の父親を嫌っていることぐらい知ってる。
「わかってる、おばあちゃんには絶対言わないよ」
 僕の返事に、祖父は安堵の表情を浮かべて席を立った。


 さすがに父親のことは一人で決められなくて、僕は亮太に相談した。亮太はとても難しい顔をして「会わない方がいい」と言った。
「たぶん、それ、要を引き取るための準備だぜ」
「なんでさ? 父さんは僕を育てられないから手放したのに」
「そりゃ、赤ん坊は手が掛かって大変だけど、今の要なら自分の事は自分でできるから問題ないじゃないか」
「だからって僕、父さんなんかと暮らすのは嫌だよ。おじいちゃんやおばあちゃんの方が好きだもん」
「会えば情が移るって! なんたって実の親子なんだからさ」
 そんな訳で、僕は父親に会わないことにした。今までだって会いたいと思ったことはないし、それで何も困る事なんてなかったんだから、父親なんて必要ないんだって思った。


          Masato.6
 やっと第一志望大学の合格通知を手にした喜びも束の間、要の祖母・千帆さんが亡くなった。享年58才だった。要は気丈にも泣かなかった。たぶんずっとこの時に怯えながらも覚悟をしていたのだろう。
 何がなんだかわからないうちに慌ただしくお通夜と葬儀が終わり、俺は要を散歩に連れ出した。台所の後片づけなんて、お袋や姉貴がいれば充分だ。
 俺達は二月の寒風の中、20分程歩いて、昔よく遊んだ公園へ行った。要はシーソーが大好きで、一時間でも二時間でも平気で遊んだっけ。俺が飽きて音を上げても、ちょっとやそっとじゃ許してくれなかった。
 要の粘り強さとしつこさはあの頃から嫌と言うほど経験してきた。そしていつも俺は根負けして付き合ってきた。
「雅人兄、大学へ行っても、あの約束を忘れないでね。僕は雅人兄が側にいてくれれば生きていけるから」
 要は俺の腕にしがみつくようにして言った。その思い詰めた表情が痛々しくて、俺は力強く肯いてやった。
「要も、馬鹿な遊びは二度とするんじゃないぞ。約束だからな」
「うん、しない」
 素直に肯く要に、俺はチクリと胸が痛んだ。卒業式の日に、下級生から告られて付き合うことになったからだ。
 もちろん要には、欠片も悟られないよう細心の注意を払うつもりだ。機会を見て、要に彼女の妹やその友達を紹介する手筈も整っている。
 要は、母性本能が強くて面倒見の良い女の子となら、きっと上手くいくだろう。そうすれば俺や亮太のことなんて、あっさり忘れて、彼女の尻に轢かれて幸せな毎日を送れるに違いない。
「あれっ、あの人……今日の葬儀に来てくれてた人だよな?」
 俺はシーソーの傍らに佇む男を見つけて、要を振り返った。
「コートの下に喪服を着てるから、たぶん、そうじゃない?」
 要は憶えていないらしく小さく首を傾げた。遠くからでも際だつ男の美貌は、とても印象的で、俺は焼香の時、誰だろうと思った。
「千帆おばさんの親戚じゃないみたいだから、おじさんの会社関係の人かな」
 そんな俺の声に、男が気づいてこちらを見た。要と同じ綺麗な二重の目が細められ、口元に優雅な笑みが浮かんだ。
 その瞬間、俺の中で何かが閃いた。この男は、たぶん……いや、間違いなく要の父親だ。俺が、恐る恐る要を振り向いたのと同時に、要が怯えた声で呟いた。
「お父さん……?」


          Kaname.F
 春休みに入ってすぐ、僕は雅人兄からディズニーランドに誘われて驚喜した。仏壇のお母さんやおばあちゃんに何度も手を合わせて、晴れますようにと祈った。当日の朝は、早朝4時に起きてお弁当も作った。おじいちゃんが僕達を近くの駅まで送ってくれた。
 駅の改札で、雅人兄に高校生らしい女の子二人組に紹介された。ストレートの長い髪の女の子は明らかに雅人兄の好みのタイプだった。彼女より少し幼い感じのする利発そうな女の子が、僕を値踏みするように見た時、僕はディズニーランドが仕組まれたダブルデートなのだと気づいた。
 僕は体中から力が抜けて、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。僕は……雅人兄に疎んじられているんだ。愛されてないことぐらいわかってたけど、頑張ればいつか振り向いてもらえると思っていた自分の愚かさを見せつけられたようで、たまらなく惨めだった。
「要、どうした? 具合でも悪いのか?」
 雅人兄の戸惑った声。僕の心配より、相手の女の子達の方を気にしているのが見え見えだ。
「僕、お腹痛いから帰る」
 僕は泣き顔を見られるのが嫌で、急いでその場を逃げ出した。


 自宅に戻ればすぐに雅人兄に見つかってしまう。僕はしばらく雅人兄に会いたくなかった。亮太のところに行こうかとも考えたけど、亮太の部屋に泊まるということはHするってことになりそうで止めた。代わりに僕が思いついたのは、父さんが住んでいるマンションだった。
 名刺の電話番号に電話すると、父さんは30分程で飛んできてくれた。「待たせてごめんよ」と言って抱き締めてくれた父さんの胸は、とても気持ちよかった。涙が堰を切ったように零れだして、僕はワンワン泣いてしまったけど、父さんは何も言わずにいつまでも僕をあやし続けてくれた。
 泣き疲れて眠り、目を覚ますと室内は紅く染まっていた。側に付いててくれたはずの父さんの姿が見当たらなくて、僕はベッドを抜け出してそっとドアを開けた。
 甘い百合の香りが漂うリビングに人影があった。
「父さん……」
 僕が呼びかけると、人影がゆっくりと近づいてきた。それは父さんじゃなくて、百合の花の妖精みたいにふんわりとした綺麗な女の人だった。


「栞さん、このお皿はどうする?」
「まぁ、それずっと探してたのよ。どこにあったの?」
「この棚の奥だよ」
「これは篤史と京都へ旅行した時に買った思い出のお皿なの。割れるといけないから、ここに置いて行くわ」
「ふーん、じゃ、こっちのティーセットは?」
 朝、父さんが会社に出勤してからずっと、僕達はロサンゼルスに持っていく食器をより分ける作業に追われていた。父さんの内縁の妻・栞さんも仕事(バーのママさんだ)を辞めて、父さんのロス赴任に付いていくことになっている。
 僕はおっとりして朗らかな栞さんと意気投合し、かれこれ一週間、栞さんのマンションであるここに居候しながら、準備を手伝っていた。父さんは、おじいちゃんの了解が得られるなら僕も一緒にロスに連れて行ってもいいと言ってくれたので、僕は迷っていた。
 正直言って、雅人兄との関係に疲れていたし、綺麗で優しい栞さんは本当のお母さんみたいに甘えられて大好きだったから、父さんや栞さんとロスで暮らすのも悪くないと思った。亮太は、治安の悪いロスなんてとんでもないって大反対したけどさ。
 雅人兄から離れて暮らすのは、冷静に自分を見つめ直すのに良い機会だった。この一週間、父さんと栞さんの何気ないやり取りを見ていて、お互いに対する思いやりの深さとか、信頼といったものがひしひしと感じられて、僕は自分の至らなさを反省した。
「この機会に、使わない食器は処分してしまうことにするわ。要ちゃん、この箱のものを下の不燃ゴミのところに捨ててきてくれる?」
「オッケー、これ全部だね」
 僕は、ダンボールの食器を不燃ゴミの袋に詰め替えると、マンションの駐車場脇にあるゴミ捨て場へ運んだ。途中、壁にぶつけてお皿が何枚か欠けちゃったけど、捨てるんだから、まっ、いっか。
「要!」
 大きな声で呼ばれて振り返ると、そこに雅人兄がいた。


          Masato.7
 要が、父親のところに行って一週間が過ぎた。要の祖父・重孝おじさんはもちろん、姉貴もお袋も皆、しょんぼりと元気がなかった。もちろん俺もその一人だったが、4月になれば新学期も始まることだし、そうすれば帰ってくるだろうと高を括っていた。
 亮太から電話で呼び出されたのは、そんなある日のことだった。
「要の親父さん、5月からロサンゼルスへ赴任するんで、要は一緒に行くつもりだ」
 亮太は相変わらず、ぶすったれた小憎らしい顔で俺に告げた。
「要はあんたに愛されないのが辛くて、逃げ出したいだけなんだ。悔しいけど、オレには止められない。だけど、あんたが一言、行くなって言えば……」
「それはつまり、要を俺の恋人にするってことになるんだぞ。事の重大さをわかって言ってるのか?」
 俺が押し殺した声で詰問すると、亮太の顔が苦悩に歪んだ。
「あんたみたいな偽善者に要を渡すのは、すっげームカつくけど、要はあんたでなくちゃダメなんだ。それに、ロサンゼルスなんてオレの目の届かないところに行って、オレの知らない奴に要がオモチャにされるのは、もっと嫌だからさ、我慢する。少なくともあんたは、要にクスリをやらせたり、他の奴らに輪姦させたりしないからな」
 亮太の恐ろしい発言に俺は内心ビビった。確かに要みたいな単純で騙されやすい世間知らずの子供が、治安の悪いロスなんかに行けば、ロクな事にならないだろう。
「あんた、要から逃げ回ってばかりいないで、いい加減、腹括れよ。そんなに世間体とか常識が大事なのかよ」
 図星を指されて、俺は怒りで目の前が真っ赤になった。
「うるさいっ!! おまえが要に変なことを教えなければ、こんなにこじれたりしなかったんだぞ!」
「オレは最後の一線は越えてない。要のバージンを奪ったのはあんたじゃないか!」
 俺はギョッとして亮太を見つめた。突きつけられた真実に、やっぱり……という思いと、とんでもないことをしてしまったという焦り、そして要の『初めて』が自分だったという喜び……いろんな感情が渦巻いて、俺は情けないほど動揺していた。
 絶句している俺に亮太は小さく折り畳んだメモ用紙を差し出した。
「これ、要の父親の住所だ」
 俺は黙ってそれを受け取った。


「迎えに来たんだ。一緒に帰ろう」
 俺の言葉に要が不思議そうに小首を傾げた。
「なんで?」
 心底、わからないといった顔で要は言った。
「おまえの家は、ここじゃないだろう?」
 俺の苛ついた口調に、勝ち気な要は途端にむくれた。
「帰らないよ。僕、父さん達とロスに行くんだ!」
「今は二人とも子供が物珍しくて優しくしてくれるだろうけど、義理のお母さんに子供ができたら邪魔者扱いされるのがオチだ」
「栞さんはそんな人じゃないよ! それに、栞さんはホントは男だから、子供なんてできないよっ!」
 考えに考えた切り札をいとも簡単にぶち壊されて、俺は絶句した。そりゃ、オカマに子供はできないだろうけど……。て、ちょっと待て! 要はそんな奴と暮らしてるのか!? 冗談じゃない、亮太の時みたいに要が悪い影響を受けたら大変だ!!
「とにかく帰るんだ! オカマなんかと一緒に暮らしてるなんてとんでもないっ!!」
 その途端、バシンと音がして目の前に火花が散った。
「酷いよっ! どうしてそんな言い方するんだよ!? 人を好きになるのに男も女も関係ないじゃないか! そんな偏見を持ってたんじゃ百年待っても雅人兄は、僕に振り向いてくれないね」
 要に殴られたのだとわかって、俺は石のように固まったまま動けなかった。そして焼け付くような頬の痛みに我に返った時には、すでに要はマンションのエントランスの中に消えてしまっていた。


          Kaname.G
 泣きべそを掻いて戻ってきた僕に、栞さんは少し驚いた顔をした。柔らかな胸に僕を抱き込んでなだめてくれる。
「何を泣いてるの? 誰かにいじめられたの? それともホームシックかしら?」
「僕、栞さんと一緒にロスに行く」
「いいわよ、一緒に行きましょうね。だからもう泣かないで、要ちゃん」
 栞さんは優しく僕の額にキスをして、ロイヤル・ミルクティーを煎れてくれた。僕は栞さんが大好きだ。綺麗で思いやりがあって、一途に僕の父を愛している。そして父からも深く愛されている。
 僕は栞さんに蔑みを向けた雅人兄に、激しい怒りを覚えていた。


 ミルクティーを飲み終えて、ほんの少し気持ちが落ち着いた時、まるでそれを見計らったかのようにインターホンが鳴った。栞さんが優雅な動作で通話機を取り上げる後ろから、モニターを覗き込んだ僕は、そこに雅人兄の姿を認めて叫んだ。
「入れないで! 雅人兄なんて嫌いだ!! 栞さんのこと『オカマ』て言ったんだから!」
「要ちゃんたら……本当のことだから仕方ないじゃないの」
 栞さんは、何でもないことのように穏やかに微笑んで言った。
『すみません、失礼なことを言って……反省しています。要にも謝りたくて……』
 いつになく気弱な雅人兄の声に、僕はちょっと驚いた。
「いいわ、上がっていらっしゃい。うちは最上階よ、わかるわね?」
『はい』
 栞さんは雅人兄が頷くのを確認すると、エントランスのドア・ロックを解除するボタンを押した。
「僕は、会わないからね!」
 慌てて僕は自分の部屋に逃げ込んだ。絶対に口なんて利いてやらないぞ。もう、雅人兄なんて大嫌いなんだから!
 部屋のドアが小さくノックされ、栞さんが顔を出した。
「要ちゃん、お話があるの」
「うん、何?」
 栞さんは、ベッドの端に座っていた僕の前に膝を付くと僕と目線を合わせて微笑んだ。
「あのね、要ちゃん。同性を好きになるっていうことは、とてもシンドイことなの。たくさんの人から非難されるし軽蔑されるわ。雅人さんはそれを心配しているのよ。あなたはまだ子供で、そういうことがよくわかっていないから、ちゃんと戦っていけるかどうか不安だし、あなたが傷つくのもわかっているから、あなたには普通に生きて欲しいと願っているの」
 僕には栞さんの言うことがイマイチよくわからなかった。
「僕は、雅人兄と両想いになれるなら、誰に何を言われたって平気だよ」
「でも、雅人さんはそうではないわ。彼は人一倍、道徳家だし、年上の彼の方があなた以上に非難されるのは目に見えているもの」
 ようやく僕にも栞さんの言いたいことがおぼろげながらわかってきた。
「僕の気持ちは、雅人兄には迷惑なんだね」
「要ちゃん、そうじゃないのよ」
 栞さんは、困った顔をした。
「要ちゃんは二人にとって、この恋がとってもシンドイことだとわかった上で、それでも雅人さんを好きだと言える?」
「……わかんない。ホントは言いたいけど、言えない。僕、どうしたらいいの?」
「怖がらなくていいのよ。要ちゃんのしたいようにすればいいの」
 栞さんの丁寧にマニキュアを施された細い指が、優しく僕の髪を撫でてくれる。 
 これまで僕は、雅人兄に自分の気持ちをぶつけるのに夢中で、雅人兄の気持ちとか立場ってものをこれっぽっちも考えていなかった。雅人兄の中で、自分が一番でなくては我慢できなくて、そんな僕のエゴを押しつけられた雅人兄はさぞかし迷惑だったことだろう。僕が疎ましくなるのも当然だ。
 これ以上、雅人兄を縛り付けちゃいけない。早く自由にしてあげなくちゃ。そのためにも僕が、雅人兄の前から姿を消すのが一番いいんじゃないかと思った。


 栞さんが気を利かせて夕食の買い物に出かけた後、雅人兄は、リビングで黙々と栞さんの淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。僕はその正面のソファーに座って、やはり黙ってそれを見ていた。
「それ、飲み終わったら帰ってよね。僕、ロスへ行く準備で忙しいんだ」
 わざと素っ気なく言うと、雅人兄の眉間が不機嫌に寄せられた。
「馬鹿なこと言ってないで、俺と一緒に帰るんだ」
「あそこにはもう戻らない。僕は雅人兄とは違う場所で生きていくことにしたんだ」


          Masato.8
「あそこにはもう戻らない。僕は雅人兄とは違う場所で生きていくことにしたんだ」
 醒めた口調で宣言されて、俺は唖然と要を見た。要が酷く遠い存在のように感じられて恐ろしかった。
 その時、要と過ごした時間が走馬燈のように俺の中を駆けめぐった。初めて要を見たのは生後一週間の時、生まれたばかりの赤ん坊は猿だと聞いていたのに、要はビックリするほど綺麗な目鼻立ちをしていた。同年の薄汚い腕白小僧と遊ぶより、俺は要の子守りをする方が好きだった。要の好きなシーソーに何時間でも付き合ったし、野球も教えた。勉強も見てやったし、遊園地へも連れていった。
 誰よりも何よりも大切にしてきた要が、今、俺から離れていこうとしている。その事実に、俺は打ちのめされた。
「何が気に入らないんだ? こんなに大切に想ってるのに……」
 やっとのことで絞り出すように口にした言葉は、涙で途切れた。要の前だというのに、俺は泣いていた。サイテーだ。みっともないにも程がある。だけど、一度切れた涙腺はそうたやすく止まってはくれなかった。
 不意に、俺は細い腕に抱きすくめられた。
「泣かないで……。僕のためなんかに泣いたりしたらダメだよ」
 要は俺の頭を抱いて、つむじにキスをした。それから優しく啄むようなキスの雨を顔中に降らせる。その心地よさに俺はやっと言えた。
「愛してるんだ。俺の側にいろ」
 要は大きく目を見開いて俺を見つめた。かなり驚いたのだろう、ショックで唇が半開きになっている。俺はその唇を乱暴に塞ぐと、華奢な身体をソファーに押し倒した。
 骨張った細い身体は、胸も尻もぺちゃんこだ。しかし若木のような瑞々しさに満ちている。小さな胸の飾りを口に含むと、硬直していた身体は熱を帯び始めた。
「やっ…そこは……ダメぇ!」
 身を捩って逃れようとする要を押さえつけ、ペニスを舌で愛撫すると程なく甘い声が零れ始めた。初めての時は、勢いに任せて随分乱暴にしてしまったが、今度はたっぷり時間をかけて、ソコを解した。
「は…やく……も、いいから……」
 要は、より強い刺激が欲しくて啜り泣いていた。俺は快感に打ち震える小さな身体を抱き締めると、耳元で囁いた。
「どこにも行かないって約束しろよ。俺の側にいるって」
「行かない、どこにも……雅人兄の側に…ずっと…いる」
 やっと俺は安心して、要の細い脚を大きく開かせて突き入れた。その衝撃に要の喉が鳴った。
「あっ、あ…あぁ……」
 要は懸命に苦痛に耐えていた。俺はその苦痛を少しでも和らげようと、要のペニスを扱いてやった。途端に要の締め付けが緩んで、俺は何とか一番太い先端を潜り込ませることに成功した。小さく揺すり上げながら残りを納めていく。涙に潤んだ要の瞳は、信じられないくらい綺麗だった。


          Kaname.H
 焼け付くような痛みに喘ぎながら、僕は自分の中で脈打つ雅人兄の存在に感動していた。その大きさや形、浮き出た血管までもがありありと感じられて、少しでも奥深くまで受け入れたくて、必死だった。
 何度も内部を擦り上げられるうちに、痺れて感覚がなくなってしまったけど、雅人兄が打ち込んでくるリズムと、前を扱かれるリズムがシンクロして、僕はゆっくりと登り詰めていった。
 僕が達した時、内部が激しく収縮したらしい。雅人兄が呻いて繋がりを解こうとするのを、僕は雅人兄の腰に脚を巻き付けて拒んだ。
「いやっ、抜かないで!」
「あっ、要……バカヤロ…中で出したらおまえが困る……ウッ!」
 雅人兄の身体が射精のため小刻みに痙攣するのを、僕は静かに抱き締めた。内部に熱い迸りが広がっていくのを感じる。
「ゴメン」
 上体を起こした雅人兄が、申し訳なさそうに言った。
「いいよ、自分でちゃんと後始末できるから。それより、なんでそんなこと知ってるの?」
 僕は気になって雅人兄を問いただした。まさか他の奴と練習したなんてことはないよね?
「自分で調べたんだよ。本とかでさ」
 雅人兄の口元が微かに引きつっているのは僕の気のせい?
 その時、玄関ドアが開く音がして「ただいま」という、栞さんの声が聞こえた。いくらここが超高級マンションで広いからといって、玄関からこのリビングまではほんの10数秒もあれば充分だ。今さら、服を着たって間に合わない。
「お願いっ! 入ってこないで!!」
 僕は恥を忍んで栞さんに訴えた。廊下で立ち止まる気配がして、栞さんがおっとりした声で言った。
「困った子たちね。そういうことはベッドでするものよ。後30分だけ、はずしてあげるから、その間にちゃんとなさい」
 雅人兄は、真っ赤になりながら「すいません」と呟いた。
 それから僕達は大急ぎで服を着て、ぐちゃぐちゃになったソファーカバーやクッションを整えた。雅人兄は、丁寧に僕の後始末もしてくれた。
 たぶん僕達の恋は、栞さんの言うようにシンドイものになるんだろう。雅人兄にまでシンドイ想いをさせるのは辛いけど、僕はもう絶対に雅人兄を諦めたりしないって決めた。堅物の雅人兄に振り向いてもらうために払った努力と根性があれば、きっとどんな困難だって乗り越えていける。
「早く帰って、僕の部屋でさっきの続きしよう」
 きちんと片づけたリビングで栞さんを待ちながら、僕が雅人兄に囁くと、雅人兄は照れくさそうに笑って同意のキスをくれた。
                        END

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