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いもうと     月桜可南子
「Fuck you!! Drecky! Mierda Puerco! Tenorio!!」
 秀明は椅子を蹴って立ち上がると、口汚い言葉で罵り始めた。定時のメールチェックで、よほど腹立たしいことがあったようだ。
 凄まじい怒りに、仁は為す術もなくベッドの上で固まっていた。触らぬ神に祟りなしとばかり、じっと秀明の怒りが納まるのを待つ。
 この春は、やっと二人揃って久々に十日間の休暇を取ることができた。もっとも、仁がスイスのコテージで秀明と落ち合うことができたのは、昨夜遅くのことだったが。大幅な遅刻を詰られるかと思いきや、仁が到着した時、秀明はすでに白ワインを半分ほど空けて上機嫌だった。つまみに用意されていたチーズの盛り合わせが、いたくお気に召したらしい。
 この瀟洒なコテージは、のんびりスキーを楽しめるようにと、仁が昨年、購入した物件だ。秀明は「少女趣味」と酷評したが、仁は大層気に入っていた。200mほど離れたコテージに住む老夫婦が管理をしてくれていて、仁や秀明が訪れる時は食事の面倒も見てくれる。
 二人で少し遅い夕食を済ませると、仁は待ちかねたように秀明を押し倒した。
「ちょっ…と、待てよっ……! まだ…板の手入れ……」
 秀明が、仁の性急さに苦笑した。仁は自らの体重で秀明をシーツに縫い止めて首筋のあちこちにキスを落としていく。
「欲しくないのか? この一ヶ月、どうしてたんだ? まさか、摘み食いなんかしてないよな?」
 秀明の機嫌を損ねるとわかっていながらも訊かずにはいられない。秀明への執着は月日を重ねるごとにいや増すばかりだ。案の定、ピクリと秀明の眉が跳ね上がった。
「……怒らせたいのか?」
「ごめん、睨むなよ。余計にそそられる」
 仁は悪戯っ子のように笑うと、秀明の白いセーターからのぞいている赤い果実を舌先で突ついた。
「バカッ!!」
 秀明は悲鳴のように叫んだが、胸の突起を舌先で転がされると、諦めたように仁の頭を抱き寄せた。 


 騒動は翌朝、秀明がメールチェックをした時に始まった。
「クソ親父っ! のべつまくなしに種を撒きやがって!! 甲斐性なしのくせに遊びだけは一人前なんだからっ!!」
 どうやら怒りの原因は、秀明の父親らしい。仁は、何年も前に数回会ったきりの、秀明の父親をぼんやりと思い出した。
 飄々とした性格で、良く言えば天真爛漫だが、いささか思慮に欠けた男だった。二人の女性の間で揺れ動いて、秀明の母親と結婚し、その後、もう一人の女性が密かに響を出産したと知ると、妻子を捨てて、その女性の元に走った。
 ほとんど金にならない風景写真を撮るため、年中あちこちを旅して歩き、子ども達にはあまり関心を示さない。秀明に言わせると「宇宙人」なのだそうだ。
 さんざん毒づいて息を切らした秀明が、ベッドへ戻ってきた。仁はその腕を優しく引き寄せ、髪を撫でてやる。やがて幾らか気分が落ち着いたのか、秀明が口を開いた。
「親父が、響にブラジル人との混血のガキを押しつけてペルーへ逃げた。響が言うには、俺達の異母妹らしい」
「異母妹……。それで母親は?」
「死んだって」
 秀明の口調は怒りのためか素っ気ない。
「だから引き取ることになったのか」
「日本で、混血のガキを育てるのが、どんなに大変か。それなのに身体の弱い響に押しつけるなんてっ!」
 仁は、考え込むように呟いた。
「かといって、響くんのお母さんに預けるのもなぁ」
「俺は、彼女に預けられたぜ。好かれてはいなかったけど、毒を盛られたりもしなかった」
 秀明が、ふて腐れたように仁を見た。
「それは、秀明が前妻の子供で、隠し子じゃないからだろ」
 何気なく仁が口にしたその言葉に、秀明は瞬時に反応した。
「そうだ! あと何人隠し子がいるのか親父を問い詰めてやらないと」
 秀明は仁の腕を擦り抜けると、クローゼットに駆け寄った。
「俺、これから親父を捜しに行くから、休暇はひとりで楽しんでくれ」
 秀明の言葉に仁は慌てた。せっかく取れた長期休暇なのに、秀明と過ごせるのを楽しみにしていたのに、ひとりで取り残されるなんてあんまりだ。
「ちょっと待てよ、親父さんがペルーのどこにいるかもはっきり知らないで会えるのか?」
「どこに隠れていようと見つけ出してやる!」
 スーツケースに荷物を投げ込みながら秀明は叫んだ。どうやら怒りが再燃してしまったようだ。仁は、ガックリと肩を落とすとベッドを降りた。
「提案があるんだが……」
 秀明を背後から抱きしめて、そっと囁く。
「俺の部下をペルーにやって親父さんを見つけるから、それまで待てないか? 秀明が捜しに行ったら、親父さんは怖がって逃げると思う。その証拠に、子どもを秀明じゃなく響くんに預けたじゃないか」
 手を止めた秀明が不機嫌そうに振り向いた。仁の言うことが当を得ていて反論できなかったからだ。
「それより、まずは妹さんに会いに日本へ行かないか? 響くんにも会いたいだろう? きっと歓迎してくれる」


「名前はね、『ララ』というんだ。可愛いだろう?」
 響が、ララの頭を優しく撫でながら言った。嬉しくて堪らないという様子だ。秀明は無言で、その小さな生き物を観察した。
 小麦色の肌、縮れた黒髪、少し上向きの鼻、ぷっくりと肉厚な唇、ラテン系の特色を色濃く映し出した顔立ちは美人とは言い難いが愛嬌たっぷりの可愛らしさがある。歳の頃は、七歳か八歳か。
 髪はベリーショートに刈り揃えられ、水色のワンピースを着せられていた。ガリガリに痩せこけていたが、顔色は悪くない。響が、せっせと肉や魚を食べさているのだろう。
 はにかんだような表情で、響のシャツの裾をしっかりと掴んでいるのが、猛烈に気に食わなかった。響がララを愛しそうに見つめるのはもっと気に食わない。
「ララ、彼は君のもう一人の兄さんで『秀明』というんだよ」
 響が、屈託のない笑顔を浮かべてララに教えた。しかし、ララは日本語がわからないらしく、きょとんとしたままだ。
「兄かどうかは、DNA鑑定が終わらないとわからないよ」
 秀明は、冷ややかな視線をララに向けたまま訂正した。
「明良、鑑定結果はいつ出るんだ?」
 リビングの隅で事の成り行きを見守っていた明良は、いきなり話題を振られて驚いたようだ。上司に叱責されている部下のようにおずおずと口を開いた。
「あと二日もすれば……」
「それじゃ、結果が出たらすぐに教えてくれ。俺は、T国ホテルに宿泊してるから」
「えっ! ここに泊まるんじゃないのか? 楽しみにしてたのに」
 響が不満そうに抗議した。
「仁と一緒なんだ。スイスでのバカンスがおじゃんになったから、意地汚く俺にくっついて来たんだ」
 秀明は、やれやれといった風に肩を竦めて見せた。
「秀明だけでも、ここに泊まればいいじゃないか」
「仁が日本くんだりまで、くっついて来たのは、ホテルのベッドで独り寝するためじゃないんだよ」
「あ……」
 秀明の言わんとすることを察した響は、耳まで真っ赤になった。


 ぐでんぐでんに酔っぱらった秀明を見て、仁は露骨に眉を顰めた。嫌なことがあると飲まずにいられない秀明の性分は熟知していたが、セックスがお預けとなるのは辛い。かといって正体をなくした相手とヤルほど虚しいこともない。
 歩くのもままならない秀明に肩を貸してやり、ベッドに寝かしつける。シャワーを浴びて戻ると、秀明は夢の国の住人だった。
 癇の強い恋人。気まぐれで、我が儘で、扱い辛い秀明。それでも離れられない理由はセックスの良さ故だ。仁は、秀明以上に壮絶な快楽を与えてくれる相手を知らない。
 どんなに激しい喧嘩をしても、肌を合わせればたちまち怒りは霧散してしまう。気晴らしに、あるいは性欲処理のために、他の誰かとセックスしても、空虚なだけだと思い知ってしまった。
 「命よりも大切」だとか「魂の友」だとか、そんなチンケな言葉などでは表せない切羽詰まった何かを、仁はいつも秀明に対して感じている。この気難しい恋人なくして、人生に一体どんな価値や意味があるというのか。
 仁はしばらく秀明の寝顔を眺めていたが、秀明の眠りが安らかなものであるよう祈ってその額に口づけると、隣のベッドに潜り込んだ。


「頭…痛い……」
 二日酔いのムカつきと頭痛に苦しみながら、秀明は朝食のスクランブルエッグをフォークで突き回していた。
「もう少し横になっていたらどうだ?」
 仁が労るように声を掛けると、秀明は項垂れた様子で呟いた。
「食べずに薬を飲むと胃をやられるから」
 いい歳をして未だに自分の酒量をコントロールできないのかとか、自業自得だとか、そういった苦言を一切、吐かないのが、仁のいいところだと秀明は思う。小言を言われない分、秀明自身も反省するし、もう二度とヤケ酒はすまいと考えることができるのだ。
 気休め程度にスクランブルエッグを口にすると、秀明は二日酔いの薬を飲んで再びベッドに入った。
「ごめん……」
「いいさ、こんな事もあろうかと読みたかった本を持ってきた。それを読んで暇を潰すよ」
 小さく笑うと仁は窓際のソファーに座って本を読み始めた。
 レースのカーテン越しに降り注ぐ柔らかな光と、申し分のない空調。仁がページをめくる音だけが聞こえる。時が静かに流れていく。
 秀明は、胸の奥がほんのり暖かくなって、いつの間にか眠りに落ちていた。


 ペントハウスのテラスまで二人分の昼食を運ばせたものの、仁はひとりで昼食を摂った。昨夜の秀明は苦しそうに何度も寝返りを打っていたから、少しでもゆっくり眠らせてやりたかったのだ。
 持ってきた本を読み終えてしまい、仕方なく新聞を読んで暇を潰していると電話が鳴った。秀明を起こさないよう慌てて受話器を取る。フロントが、井上明良からの外線を知らせてきた。
 明良は響の恋人で、不思議と仁と気が合い、仁によく懐いている。毎年のクリスマス・カードを欠かさない律儀な青年だが、秀明は「響の忠犬ポチ」と呼んでいた。
 勤務先の病院で、公衆電話から掛けているらしく、背後の雑音がうるさい。駆け出しの研修医の身では、仁とゆっくり酒を酌み交わす時間もままならないのだろう。手短に用件を伝えるだけのものだったが、仁には明良の苦悩が痛いほど伝わってきた。
 明良は、秀明が父親への腹いせにララを施設に入れるのではないかと懸念していた。庇護の対象を得て、生きることに意欲的になった響のために、ララをこのまま手元に置いてやりたい。何とか秀明に取りなして欲しい、と訴えた。


 ふと、ぼそぼそとした話し声に目覚めると、辺りはすでに薄暗かった。秀明が身じろぐと、受話器を置いた仁が、心配そうに声を掛けてきた。
「秀明? 起きたのか?」
「うん、何時?」
「夕方5時を少し回ったところだ」
 仁は、水差しからコップに水を注いで秀明に手渡してくれた。ひんやりした水を喉に流し込むと、急速に頭の中がクリアになってくる。
「ペルーから連絡は?」
「まだ、親父さんとは直接コンタクトできてないが、二日前、ガイドを雇って奥地に入ったことが確認できたよ」
 コップが空になったのを見ると仁が再び水差しに手を伸ばした。
「俺、コーヒーが飲みたいな」
 秀明は、わざと甘えたように言ってみる。もう体調はいいよ、という意味だ。途端に仁は破顔した。
「夕食は消化のいい中華粥をオーダーしておいた。少し早いが夕食にしないか?」
 夕食を済ませると、仁は待ちかねたように秀明をベッドへ誘った。秀明の身体に負担をかけないよう、丁寧に時間をかけて愛し合う。二人は、セックスというより、互いの温もりを確かめるようにじゃれ合った。
 労るように時間をかけて解されたそこに、仁の灼熱の剛直を受け入れたとき、秀明は甘い充足感にゆったりと口元を綻ばせた。その蠱惑的な微笑みに官能を刺激され、仁はぞくぞくするような快感が腹の底から湧き上がるのを感じる。
「たまらないな、その顔……オレ以外の誰にも見せたくない」
 身体の奥深くまで受け入れた仁の分身が、苦しいほどに体積を増したのを感じて、秀明はうっとりと仁の腰に長い脚を絡ませた。
「仁だけだよ……だから、もっと気持ちいいこと…いっぱいして」
 欲情に濡れた瞳で幼い子どものようにおねだりされ、愛おしさに胸が詰まる。仁は、あやすようにゆっくりと腰をグラインドさせた。
 セックスの後、仁に髪を撫でられていると、秀明は心の中の黒い霧が少しずつ晴れていくのを感じた。苛立ちが薄れ、寛容な気持ちが頭を擡げ始める。
「夕方、明良くんから電話があったんだ」
 タイミングを見計らったように仁が口を開いた。途端に秀明は、仁の胸からピクリと顔を上げた。何となく話の内容はわかっていた。それを穏やかに受け入れるだけのゆとりが、やっと秀明の中にできていた。


 秀明は対人恐怖症の響のために、小さなレストランを借り切って、兄弟妹3人水入らずの昼食会を開いた。マスターは響と顔見知りで、ララが慣れないフォークで食事をこぼしまくっても嫌な顔一つしなかった。
「この子のこと、薫さんには話したのか?」
「うん、父さんに頼まれて、僕から母さんに話したんだ。初めは泣いたけど、最近はララのこと、可愛がってくれてるよ」
 秀明は、父の後妻で響の母親である薫が苦手だった。嫌いとまではいかないが、気が合わないのは事実だ。それでも、隠し子の存在に傷ついたであろう彼女に同情した。
 ララは今、八歳だから、逆算すると響や秀明が十九歳の時、生まれたことになる。その頃の響は、神経衰弱で入退院を繰り返していたため、薫は息子に付きっきりで、夫を顧みる余裕などなかったのだ。とはいえ、妻が息子の看病で必死になっているとき、夫は他の女とヨロシクやっていたのだから非道い話である。
「それにしても、俺達、似てない兄弟妹だよなぁ」
 フランス人とのクォーターで紅茶色の髪と瞳を持つ響と、生粋の日本人で凛とした容姿の秀明、ブラジル人とのハーフで小麦色の肌をしたララ。この三人が兄弟妹だなどと誰が信じるだろう。
「でも、兄弟妹なんだよ。僕は妹ができて嬉しい」
 響が、秀明を窘めるように強い口調で訴えた。
「親子ほど歳の離れた妹だぜ。俺は未だに信じられないよ」
 秀明はデザートのチョコムースを平らげると、しげしげと改めて小さな生き物を眺めた。本当に、この浅黒い肌の下に自分と同じ血が流れているのかと思う。響が異母兄だと言われた時はすんなり受け入れることができたが、ララが異母妹とは容易に受け入れられない。しかし、現実にDNA鑑定では92%の確率で彼女は妹なのだ。
 ララの汚れた口元を拭ってやる響のしぐさは、兄というより母親に近いものを感じる。仁が言うように、ララは響の生きる励みになるだろう。成長すれば、逆に響の世話をしてくれるかもしれない。少なくとも秀明よりは長生きをして響の支えになってくれる。
 その時ふと、響と視線が合って、秀明は響を安心させるよう、慌てて微笑んで見せた。


 秀明が昼食を終えてホテルに戻ると、ペントハウスには衛星中継の機材が運び込まれていた。いつの間に日本に来たのか、仁の傍らには秘書のスージー・キャラウェイがいる。秀明を見ると足早に近づき、親愛のキスをしてくれた。
「スージー、久しぶり。仁に呼ばれたのかい?」
「あなたがご一緒だと伺って、大喜びで飛んで来ましたわ」
 おっとりとしたクイーン・イングリッシュは耳障りが良く、秀明は以前、仁にスージーを自分の秘書に譲ってくれと頼んだことがある。しかし、秀明に甘い仁も、「スージーだけは勘弁してくれ」と譲らなかった。
 夫に捨てられて途方に暮れていたスージーを見いだし、秘書の仕事を与えたのは仁だ。中年を過ぎてから初めて仕事を持ったスージーだったが、秘書は天職だったようだ。きめ細やかな気配りと、緻密な仕事ぶりは賞賛に値する。
「ところで、これは何の騒ぎだ?」
 秀明は室内を動き回る数人の男に視線を向けた。
「親父さんを捉まえたんだが、日本へ戻る暇はないと言われてさ」
 仁が肩を竦めると、スージーが後を引き取って答えた。
「衛星テレビ電話でお話ししていただくことにしました」
「クソ親父、俺に殴られるとでも思ったのかな?」
「殴らない自信でもあるのか?」
「……ない」
 秀明は仏頂面で、ソファに腰を下ろした。そこへ絶妙のタイミングで、ホット・チョコレートが運ばれてくる。もちろん、スージーの配慮だ。
 ちょうど秀明が飲み終えると、衛星回線が繋がった。日本とペルーの時差は十四時間。つまり日本が午後三時の今、ペルーは真夜中の一時だ。秀明の父親は眠そうというより、酒が入ってとてつもなくハイテンションだった。
「やあ、秀明。まだ、仁君と続いてるんだな。良かった、良かった!」
 脳天気な第一声に、仁は絶句した。しかし、秀明は怯まない。
「そんなことより、あと何人、隠し子がいるんだよ?」
 鬼のような気迫で追求する。
「そんなに何人もいるわけないじゃないか。ララだけだよ。秀明はもっと他に弟妹が欲しいのか?」
「いらない! 絶対にいらない!! いい歳して子どもを作るようなヘマなんかするなっ!!」
「ヘマじゃないさ。欲しかったんだ、もう一人」
「なんでだよ、自分できちんと育てられもしないくせに」
 軽蔑したように秀明が訊いた。稼ぎの悪い父親に代わって、響の生活 費はもちろん継母の生活費の面倒まで見ているのは秀明だ。父親は、しばらく視線をさまよわせてから、言いにくそうに口を開いた。
「……孫の…顔を見たかったんだ」
 秀明は、あんぐりと口を開けたまま硬直した。不気味な沈黙が流れる。仁は、個人的な話し合いだからと人払いをして正解だったとしみじみ思った。
「おまえはゲイだし、響は神経症だし、どっちも結婚どころか孫なんて夢のまた夢だろう?」
 沈黙に耐えかねた父親が、秀明のご機嫌を伺うような上目遣いで釈明した。
「出来の悪い息子で悪かったなっ! ゲイで悪かったなっ! だけど俺は親父みたいに無責任じゃない!!」
 秀明は怒り心頭に発して、ヒステリックに叫んだ。
「秀明、出来の悪い息子だなんて思っちゃいないよ。むしろ、おまえは自慢の息子だ。ちゃんと響の面倒も見てくれて感謝している」
 モニターの向こうで、父親が神妙な面持ちで言った。秀明の怒りに、少し酔いも冷めたようだ。父親とは名ばかりで、ロクに生活費も稼げず、秀明の援助に頼って生活しているのを思い出したらしい。
「わかったよ、ララの養育費は出してやるよ。その代わり、これ以上厄介事を増やさないでくれっ」
 秀明は疲れ果てて、ソファーにぐったりと沈み込んだ。
 父親と話した後、秀明は腹をくくったらしく、自分の顧問弁護士に電話をかけ、ララを自宅から通える名門校に入学させることや、ララの養育費を響の銀行口座に毎月振り込むことなどを指示した。
 仁もスージーと相談して、ララに贈る洋服や靴、学習机などを選んだ。息子しか持たない仁にとって、少女の服を選ぶのは、新鮮で楽しい作業だった。


「あっ、あ……仁……」
 背後から侵入した仁に、あやすように揺すられて、さざ波のような快感が押し寄せる。秀明は思わずシーツを握りしめた。
「熱いな……。熱があるんじゃないのか?」
 最奥で繋がって気づいたのか、仁が動きを止めて不安そうに訊いた。
「あんまり怒ったから熱が出たのかも……」
 秀明は自嘲気味に呟いた。
「今夜は軽く終わらせるから」
「心配性だなぁ。俺のお楽しみを奪うなよ」
 わざと軽口を叩く秀明に仁は胸が痛んだ。
「愛してるから、いつだって心配で堪らない」
 居たたまれず、仁は秀明と繋がったまま、華奢な身体を抱き締める。
「俺に…付き合わせて……ごめん」
 それは、せっかくの休暇を隠し子騒動に付き合わせてしまったことへの謝罪だけでなく、仁の人生を狂わせてしまったことへの謝罪でもあった。
「秀明は悪くない。何も悪くないんだ。オレはちゃんとわかっているから」
 秀明が思いついたようにポツリと言った。
「俺は子どもなんか嫌いだ。でも、仁に子どもがいて良かったと思う」
 仁は秀明の真意を測りかね、どう返せばいいのかわからなかった。黙っていると秀明が苦笑した。
「別に仁を責めてるわけじゃない」
「ありがとう」
 とりあえず、そう応えると、仁は秀明の肩口にキスを落とす。秀明は悪戯っぽく口元を引き上げた。
「俺の内部で仁のが焦れてる。やせ我慢しないで動けよ」
 仁は再び腰を使い始めた。その動きに合わせて、秀明の唇から甘い嬌声が零れる。
「おまえがいれば、他に何もいらない」
 秀明は、快楽の渦に巻き込まれながらも、なぜかその言葉だけは鮮明に聞き取ることができた。

           END     

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