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永遠の恋人     月桜可南子
          act..1
 月曜の朝、出勤すると会社はただならぬ雰囲気に包まれていた。普段、滅多に会社に出てこない役員達までもが会議室に勢揃いし、何やら深刻に話し合っている。
 俺達営業は、課長から自宅待機を命じられ、俺はどす黒い不安を抱えたまま帰宅した。不安で居ても立ってもいられなくて、同期で経理課にいる牧野の携帯に電話してみた。
「ああ、白藤。おまえら自宅待機だってな。こっちは目が回りそうな忙しさだってのに優雅でうらやましいよ」
「どうなってるんだ? うちの会社、倒産するのか?」
「うーん……」
「何か知ってるんだな。教えろよ」
「さっき、T物産の常務が来た」
「合併吸収されるのか!?」
「俺みたいなヒラにそんなことわかんねぇよ。あっ、部長が戻ってきた。じゃあな」
 牧野は、一方的に電話を切ってしまった。俺はしばらく無情にツーツーと鳴る電話を眺めていたが、ドアフォンの音に我に返った。
「白藤先輩、もう昼飯食べましたか? にぎり寿司買って来たんで一緒に食べませんか?」
 脳天気な滝本の声に、俺はムッとしたがそう言えば昼飯がまだだったことを思い出した。
「あがれよ」
 滝本を追い返さなかったのは、断じて寿司に釣られたからじゃない。堪らなく不安で誰かに側にいて欲しかったからだ。
 滝本は、狭いキッチンでインスタントの澄まし汁を作り、丁寧に緑茶を煎れた。
「おまえ、失業するかもって時に随分、奮発したもんだな」
 滝本が持ってきたにぎり寿司は、恐ろしく豪華なネタだったので、俺は呆れてしまった。
「だって失業したら、こういう贅沢はできなくなるじゃないですか。だから今のうちにと思って」
 エヘヘと笑う滝本は、なんだか悪戯っ子のようで可愛い。ちょっぴり気分が和んだ俺は、遠慮なく寿司をパクついた。
 食後のお茶を味わっていると、滝本が幸せそうな目で俺を見ているのに気づいた。
「なんだよ」
 照れくさくて軽く睨んでやる。
「うちの会社、ついに不渡りを出しちゃったんですよ」
 世間話のように滝本はさり気なく言った。
「えっ…!?」
「T物産が合併吸収という形で、社員の3分の1を引き取ってくれるそうです。白藤先輩は残りたいですか?」
「そりゃもちろん……て、おまえ、なんでそんなこと知ってるんだよ?」
 滝本が肩を竦めて上目遣いに俺を見た。
「俺の叔父はT物産の社長なんです」
「え――っ!?」
 T物産と言えば、日本でも有数の総合商社だ。金持ちの家系だとは思っていたけど、やっぱり財閥だったのか。
「俺は、T物産のロンドン支社に行くことになりました。だから…俺についてきてくれませんか?」
「なんで俺がおまえに、くっついてロンドンくんだりまで行かなきゃならないんだよ?」
「プロポーズのつもりなんですけど……」
 滝本は、耳まで真っ赤になりながら、懸命に俺を見つめていた。
「ばっ、馬鹿じゃないのか、おまえ!! 断る! 絶対に嫌だ!!」
 俺は椅子を蹴って立ち上がっていた。よりによって、なんだってこんな時にプロポーズなんかするんだよ!  いくら俺が失業で気弱になってるからって卑怯じゃないか!?
「東京とロンドンの遠距離恋愛になってもいいんですか?」
「おまえがロンドンに行くのなら、別れる。待つのは嫌いだし、セックスを我慢するのはもっとヤダ!」
 自分でも、子供のような我が儘を言っていると自覚しながら、俺は自分の暴走する感情を止められなかった。
「側にいてくれない恋人なんかいらない!!」


          act.2
 滝本は途端に泣きそうな顔をした。苛められたガキのような情けない表情で、困惑し狼狽えている。
「わかりました。俺はずっと哲也の側にいます。ロンドンには行きません。東京で仕事を探します」
 きっぱりとした口調で言うと、滝本は俺の右手に唇を寄せた。
「だから、俺と一緒に暮らして下さい!」
「何で、そうなるんだよ。一人でロンドンに行けばいいじゃないか。俺はこれ以上、おまえの姉さんに憎まれるのはご免だ」
 乱暴に滝本の手を振り払うと、俺は滝本に背を向けた。
「もう帰れよ。さっさとロンドンへ行く荷造りをしろ!」
「何を怒ってるんですか? 俺は絶対に哲也の側を離れたりしませんから機嫌を直して下さい。ね?」
 背後から柔らかく抱き竦められ、軽く耳たぶを甘噛みされると痺れのような快感が体中を駆け抜けた。滝本のやんちゃな右手が、ズボンの前立てを割って忍び込んでくる。
「あ……ばかや…ろッ!」
 指の腹で、ペニスの裏筋をゆっくりと撫で上げられた途端、勃ち上がってしまった自分に、心の中で舌打ちした。セックスで怒りをうやむやにされるなんて俺のプライドが許さない。第一それは、俺がうっかり滝本を怒らせてしまった時の常套手段だったじゃないか。それを反対に滝本に使われるなんて……
「やっ! アァッ!!」
 先端の割れ目を爪先で引っかかれて、俺は悲鳴を上げた。畜生っ! 俺の弱いトコロをしっかり把握してやがる。どうにも引き返せないところまで来てしまった俺は、仕方なく振り返ると、滝本の頭を引き寄せて唇を重ねた。


 翌日から、俺達は合併へ向けての準備に追われ、俺は滝本のプロポーズをきれいさっぱり忘れてしまっていた。
 慌ただしさの中、誰がリストラされるのかと皆、戦々恐々で怯えていた。俺はストレスから、胃の調子がおかしくなって、胃薬を飲む毎日だった。
 給湯室でグラスに水を汲んで薬の袋を開けていると、滝本が顔をのぞかせた。
「薬はお湯で飲んだ方が胃の負担が減りますよ」
「胃薬を飲むのに、胃の負担もへったくれもあるか!」
 俺が小馬鹿にしたような目で滝本を睨むと、滝本は決まり悪そうに目を伏せた。
「今夜は一緒に夕食を食べませんか? このところ忙しくてまともな夕食を食べてないでしょう? 消化にいいものを作りますから」
「食欲ないんだ。それより少しでも眠りたい」
 食べ物に釣られて、滝本のマンションなんかに行こうものなら、明け方近くまで寝かせてもらえないに決まってるから、俺はやんわりと断った。
 この一ヶ月、滝本はやたらと激しくて、週末ごとの逢瀬は体力的にかなりキツかった。飽くことなく俺の身体を貪る滝本に付き合わされて、俺は文字通り精根尽き果てて眠る。太陽が黄色く見えるなんて、ヤリまくっていた大学生の時以来のことだった。
「また微熱でもあるんじゃないですか?」
 心配した滝本が俺の額に手を伸ばす。
「ないよ、全然ない!」
 気恥ずかしくて、滝本の手を振りほどいたちょうどその時、後輩の山田が走ってきた。
「白藤先輩、お客様です。T物産の…社長が……」


          act.3
 滝本の叔父だというT物産社長・池之内孝正(いけのうち・たかまさ)氏に、俺が呼び出されたのは、合併を翌月に控えた6月の初めだった。
 彼は、50代初めの気品のある紳士だった。しっかりした肩幅や、節くれ立った長い指、優しげな目元、すべてが俺の好みにピッタリで、彼を一目見た途端、俺はときめいた。
 この男とヤリたい!! たちまち俺の頭の中は、そのことだけで一杯になった。
「なるほど、君は『傾国の美女』と呼ぶに相応しい美貌だね」
 彼の上品な口元が、からかうように引き上げられる。嘲笑されているのに腹が立たないのは、彼との格の違いが、馬鹿な俺にもはっきりとわかるからだ。
「姪の真理恵が、君は弟を破滅させるアバズレだと憤慨していた」
 相手が滝本の叔父だということなど、すっかり忘れて、ひたすら彼とヤルことだけを考えていた俺は、その言葉に現実に引き戻された。
「だが、真路の気持ちもわかる気がするよ」
 彼は、俺を安心させるように優しく微笑んで見せた。俺が男好きのどうしようもない淫乱と知りつつも、それを咎める気などさらさらなく、むしろそれを寛容に笑って許していた。彼は本当に大人で、文字通り器の大きな男だった。
「それで君は、真路のことをどう思っているのかな? 君にとって真路はどういう存在なのか教えて欲しいな」
 単刀直入な問い掛けに、俺は当惑した。こんな風に面と向かって第三者に問われたのは初めてだ。
「俺は、ちゃんと分をわきまえてるつもりです。彼に結婚話があるのなら、すぐにきれいに別れます。彼にもあなたにもご迷惑は掛けません」
 俺は緊張で声が上擦るのを感じながら、なんとかそれだけ言った。
「殊勝な心がけと言いたいところだが、君は何もわかってないようだね。真路は、真剣なんだ。君のために、せっかくのチャンスや大きなポストを棒に振ってしまうほどにね」
 彼は少し苛立った様子で溜息をついた。その時になって、やっと俺は、滝本からロンドンへついてきて欲しいと言われて断ったことを思い出した。
「真路は将来、Tグループを率いていく人間のひとりだ。年齢的にも、そろそろきちんとした実績を積み上げていかなくてはならない。私は、そのために真路が生まれ育ったホームグラウンドのロンドン支店を選んだ」
 俺は、彼が何を言いたいのかわからなくて、黙って彼を見つめていた。
「だが海外経験のない君に、ロンドンへ一緒に行けと言うのは酷かもしれない。それで考えたんだ。真路がロンドンで修行する3年間は、私のところで働かないか? 今までの仕事とは畑違いだが、秘書室に空きがある。それに真路がロンドンから戻ったら、また一緒に仕事できるよう取り計らうよ」
 つまりそれって、滝本がいない間、俺が浮気できないよう手元に置いて見張るってことだよな。滝本は、ロンドンから戻れば役付に昇進間違いない。一緒に仕事できるというのは、滝本が俺の上司なるってことだ。それ以前に、滝本がロンドンで新しい恋人を見つけないとも限らない。
 俺は、話の裏が見えてしまう自分の聡さにうんざりした。お陰で、せっかくの申し出に素直に肯くこともできない。
「考えさせて下さい」
 本当は、「お断りします」と言いたかったが、彼を怒らせるのは得策じゃないと考えて、曖昧な返事をした。連絡先として渡された金箔刷りの名刺は、応接室を辞してすぐに目についたゴミ箱へ捨てた。
 俺にだってプライドがあるんだ。俺は滝本のペットでもオモチャでもない! 


          act.4
 とにかく腹が立って悔しくて、俺はすぐには席に戻らず屋上へ行った。少し頭を冷やして自分の考えをまとめるためだ。
 やっかい事の嫌いな俺としては、さっさと滝本と別れてしまうのが一番楽なのだが、それは滝本が納得しないだろう。だけどこのまま俺のために滝本を日本に引き留めるのは気が引けた。恋人の出世を邪魔するような情けないつき合いは御免だ。
 第一、俺は滝本に、出世と引換にするほどのものを与えてやれない。リストラされるかもって時に、とてもじゃないが滝本を養ってやるゆとりはない。滝本を一生、愛し続ける自信もない。俺はすべてがないないづくしで、どっぷりと落ち込んだ。
 その時、爽やかなビル風が吹き抜けて、降り注ぐ初夏の日差しの気持ち良さに、ほんのり心が和んだ。俺は、今が秋とか冬じゃなかったことに感謝した。先行き不安で落ち込んでいる時に、冷たい木枯らしなんかに吹かれた日には、屋上から飛び降りたくなったに違いない。6月の眩しいほどの光は、俺に前向きに考える力を与えてくれた。
 池之内氏の用意した秘書室という鳥籠に入るのは真っ平だが、滝本はちゃんとロンドンへ送り出してやろう。帰って来るまで、滝本一筋で待ってると約束してやれば、単純な滝本は安心してロンドンへ行くに違いない。
 あいつが、ロンドンで新しい恋人を作るのが早いか、俺が淋しさに耐えかねて浮気するのが早いか・・・。どっちにしろ滝本をロンドンへ行かせてしまえば、後はなるようになるさ。慎ましくすれば一、二年は遊んで暮らせるぐらいの貯金はあるから、新しい仕事は焦らずに探そう。
 決心がつくと、俺は心が軽くなって、大きくノビをした。


 なんとか残業を8時で切り上げて、俺は滝本を誘って居酒屋へ行った。少し遅い時間で、しかも平日とあって、店はそれほど混んではいなかった。
「滝本、おまえさぁ、ロンドンへ行けよ」
 少し酔いが回ってきたのを感じながら、切り出した。
「叔父に何か言われたんですか?」
 滝本は、すぐに顔色を変え眉間にシワを寄せて俺を見た。
「ロンドンへの転勤は、おまえの将来にとって大切なものだって言われたよ。俺のわがままで、おまえを困らせてゴメンな」
「じゃあ一緒に来てくれるんですね!」
 滝本は心底嬉しそうに目を輝かせた。きれいな瞳だな……純粋で無邪気でキラキラしてる。俺は突き上げてくる愛おしさに苦しくなって目を伏せた。
「俺はこっちに残って、おまえの帰りを待つよ。英語なんて話せないし、一日に一食は米じゃないとヤダし、叔父さんが秘書室に空きがあるから来ないかって言ってくれたから」
「そんな……」
 不安に曇る滝本の顔を見て、俺は少し怒ったフリをした。
「もしかして、俺が浮気するとでも考えてるのか? おまえは、待ってるって言う俺の言葉が信じられないのか!?」
「でも、二年か三年は向こうにいることになるんですよ?」
「休みに帰ってくればいいだろ。たまには俺の方から遊びに行ってやってもいいし、電話もメールもあるんだ」
 俺は殊更、大したことではないように言ってのけた。滝本は口を噤んで考え込んでいる。いいぞ、もう一押しだ。
「滝本」
 俺の呼びかけに考え込んでいた滝本が顔を上げる。その目を見つめて、俺は極上の微笑みを浮かべた。
「行ってこいよ。俺は二年でも三年でも、ちゃんと待ってるから」
 滝本は本当に嬉しそうに笑った。こいつの辞書に、『疑う』という文字はない。
「はい、わかりました!」
 元気にそう答えた滝本の肩をよしよしと叩いてやる。こんな単純で騙されやすい奴が、将来、Tグループを率いていくなんて本当にできるんだろうか? 俺は人ごとながら心配になった。
 ともあれ、これで滝本のことは片づいた。次は俺の職探しだな。給料ダウンは間違いないから、マンションももっと安いところを探さないと。
 俺の裏切りを知ったら、滝本は俺を捜すだろうか? 少しは泣くかもしれないが、ロンドンでの生活に追われて、すぐに忘れてしまうだろう。きっとそうだ。だから俺も、早く滝本の事を忘れなくては……。
 また、シクシクと痛み出した胃を押さえながら、俺はこれからのことをあれこれ算段し始めた。


          act.5
 遠くで聞こえる滝本の声に目覚めると、そこはシティ・ホテルの一室だった。昨夜は、つい飲み過ぎて気分が悪くなり、居酒屋から一番近いホテルにチェックインしたのだ。
 滝本は携帯を掛けているらしく、やたらと「申し訳ありません」を連発している。寝起きで頭が回らないまま、ベッドの中から、ぼ―――とそれを見ていると、滝本と目が合った。
 その途端、嬉しそうに笑った滝本は、少年のように可愛くて、俺は胸がキュンとしてしまった。
「気分はどうです?  会社には連絡しておきましたから、今日は一日ゆっくりしましょう」
 受話器を置いた滝本が、満面の笑顔で話しかけてきた。こいつ、今日は休むって会社に電話してたんだ。勝手にそんなことするなよっ!と怒鳴りかけて、俺はどーんとする胃のムカつきに閉口した。
 まあ、有休は山ほど残っているんだから、この際、使わなけりゃ損だろう。何しろ再就職の見込める30才までの若手と、退職間近の55才以上の中高年はリストラの対象だって噂になってる。だから会社に見切りを付けた者達は、堂々と有休を使って職安通いをしているくらいだ。
「水くれよ」
 俺が言うと、滝本は大急ぎで備え付けの冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出して、コップに注いだ。俺はベットから這いずりだして鞄の中から胃薬を取り出すと、滝本が持ってきてくれたグラスの水で飲み干した。
「胃が痛むんですか?」
 滝本の心配そうな顔がいじらしいなと思いながら、心配させちゃ拙いと、俺は無理に笑顔を作った。
「違う違う、二日酔いだよ。久しぶりに飲み過ぎたから、ムカムカするんだ」
「大きな病院で、きちんとした検査を受けた方がいいんじゃないですか?」
「胃が弱いのは今に始まったことじゃない。そんな大袈裟にするなよ」
 俺は明るく笑いながら、滝本の首に腕を回した。
「それよりさ、せっかく休みを取ったんだから、しようぜ」
 すくい上げるように見つめて、セックスをねだる。滝本がこの誘いに乗らなかったことはない。案の定、滝本は頬を染め、すぐに俺を押し倒した。


 身体の奥深くまで滝本の欲望を受け入れ、息を乱しながら内壁を抉る衝撃に、歯を食いしばって耐える。普段なら快感と捉えるはずの刺激も、体調の悪い今は、ただの苦痛でしかなかった。
「哲也、気分が乗らないのなら、もう止めましょうか?」
 不意に動きを止めた滝本が、俺の顔を覗き込むようにして訊いてきた。おまえ、この状況で気分がノルもノらないもないだろう。滝本のペニスは、俺の身体の中心で、硬く勃起したまま解放を求めてビクビクと暴れているのに、俺が一向に達しないからといって、止めるなんて無茶だ。
「い…いから、早くイケよっ! これ以上……長引かせるな!」
 俺が睨みつけると、滝本は叱られた子犬のような目をした。
「でも……」
「中途半端は嫌いだ!!」
 下腹に力を入れて、滝本のモノを締め付けてやると、それはさらにグンと容積を増した。
「あッ、哲也!!」
 さすがに滝本も我慢できなくなったらしく、再び挿送を開始した。時折、俺を労るように、唇に掠めるキスをくれる。
「哲也! 哲也っ!!」
 滝本は、俺の名前を呼びながら、懸命に突き入れ快感を追う。汗を滴らせた滝本の顔を、俺はうっとりと見つめた。
 与えられるのは苦痛ばかりなのに、この幸せな陶酔感はなんだろう。滝本が呻いて達したのを合図に、俺は意識を手放した。


          act.6
 翌日、俺は会社の昼休みに、T物産秘書室の室長補佐に会社の近くのレストランへ呼び出された。
「人事課に提出してもらう必要書類を秘書室長から預かってきました」
 そう言って男は、好奇心満々の目で俺を舐めるように見た。たぶん俺が社長の甥の恋人だって知っているんだ。
 まるで珍獣を見るような視線は、俺を酷く傷つけた。だけど、秘書室に入ったら、こんな程度では済まないだろう。『あれが坊ちゃんの愛人だ』と後ろ指さされるのは目に見えている。
「秘書室の独身者は、皆、会社の借り上げている近くのマンションに住むことになっているから、君もできるだけ早い時期に引っ越して下さい。かかった費用は全額会社持ちだから領収書をもらうのを忘れないように。これが住所と部屋のカード・キー、それからエントランスの暗証番号。私も住んでいるが、1LDKのきれいなマンションですよ」
 俺は、俺とそう年の変わらない小太りの男の顔と、カード・キーを交互に眺め、溜息をついた。この男に四六時中、監視されながら、鳥籠に住むなんて冗談じゃない!! またキリキリと胃が痛み始めて、俺は胃薬の買い置きが切れていることを思い出し、舌打ちした。


 週末、いつものように滝本のマンションを訪れると、リビングにダンボール箱がたくさんあった。滝本が渡英準備を進めているのだ。
 俺は、足下にすり寄ってきたブス猫のミイコを抱き上げて、ぼんやりとそれらの荷物を眺めた。すると滝本が遠くに行ってしまうんだなという実感が湧いてきて、酷く悲しい気分になった。
「ミイコは、どうするんだ? 連れて行くのか?」
 滝本から冷えた麦茶を受け取りながら尋ねたら、「もちろん連れて行きます!」と即答された。
「ただ、手続きに時間がかかるので一ヶ月ほどは祖母に預かってもらうことになるんですけど」
「そっか、連れて行くのか……」
 俺はミイコが羨ましかった。ミイコには、意地もプライドもないから、なーんにも考えずに滝本に付いていくことができる。
「哲也……」
 しんみりしてしまった俺に、滝本が躊躇いがちに話しかけてきた。
「もし気が変わって俺と一緒に来てくれる気になったのなら、いつでも言って下さいね。俺、海外赴任手当が付くことになったんで、哲也一人くらい、ちゃんと養っていけますから」
 最後の一言にムッとして、俺は滝本を怒鳴りつけた。
「なんで俺がおまえに養ってもらわなきゃならないんだ! 俺はミイコとは違う!!」
 驚いたミイコが俺の腕から逃げ出す。
「すみません」
 素直に謝る滝本に、俺はますます腹が立った。
「もう帰る。おまえ、はやいとこ荷造りしちまえよ!」
「そんなぁ、いじめないで下さい。俺、この間の埋め合わせをしますよ。たっぷりサービスしますから」
 情けない声とは裏腹に滝本は力強い腕で、俺を羽交い締めにした。
「それに東京とロンドンに離ればなれになったら、エッチできなくなるから、今のうちに、ヤリ溜めしときましょう!」
 脳天気な滝本に、俺は苦笑した。三年分のヤリ溜めなんて、何回すればいいんだろう? 淫乱な俺の身体が、男なしで何ヶ月も保ったりするもんか。
 だけど滝本は信じてるんだ。俺が他の男に走ったりせず、ちゃんと待っているって。俺は切なくなって、滝本の胸にそっと身体を預けた。
「愛しています」
 滝本は俺が黙ってじっとしているのを、ヤリ溜めの同意と取ったらしい。俺のポロシャツをもどかしげにたぐり上げながら、首筋にキスの雨を降らせ始めた。


          act.7 
 6月に入って日が長くなったとはいえ、夜も7時を回れば外はもう真っ暗だ。滝本の馬鹿は、新記録を作ると張り切って、俺を7回もイかせたので、疲れ果てた俺は爆睡してしまった。
 昼過ぎからヤリっぱなしで、後ろが痺れたように熱を持っている。滝本の奴、ヤリたい盛りのガキでもあるまいに、もう少し加減できないのかよ。明日は月曜日で仕事があるのに、ムチャクチャしやがって! 
 気持ち良さそうに眠っている滝本の腕枕をそっと外して、シャワーを浴びるために起き上がると、タイミング良く携帯が鳴った。ディスプレイに表示された見知らぬ番号に一瞬、出るのを躊躇ったが、いつまでも携帯を鳴らしていては、滝本を起こしてしまうから出ることにした。
「もしもし?」
「やあ、池之内だが、君の手紙を受け取ったよ」
「あ……」
 思いがけない相手に俺は絶句してしまった。マンションのカード・キーに秘書室への配属を断る手紙を添えて投函したのは、昨日の夜だ。それがもう届いたなんて、予想外だった。
「どういうことかな? 私の世話にはなりたくないということなのか?」
 池之内氏の少し不機嫌な口調に、俺は内心、びびった。
「お心遣いは感謝しています。でも、もう俺に構わないで下さい」
 俺は、手近にあった滝本のシャツを羽織ると、眠っている滝本を起こさないよう注意しながら、廊下へ出た。
「どういう意味だね? 君は何を考えているんだ?」
「…すみません。俺は、これ以上、あなた方と関わりを持ちたくないんです」
 池之内氏に利用されるのも嫌だし、彼を利用してリストラを免れるのも嫌だ。俺は、会話を滝本に聞かれることのないよう、寝室から一番遠いキッチンに移動した。
「自分で再就職先を見つけると書いてあったが、真路は知っているのかな?」
「いいえ……」
 そんなことを話したら、滝本は心配してロンドンには行かないと言い出すだろう。
「あなたの望み通り、滝本君はロンドンへ行きます。それで充分でしょう?」
 何が気に入らないんだとばかりに言ってやると、池之内氏は盛大な溜息をついた。
「これから会えないかな? 今、どこにいるんだね? 迎えに行くよ」
「えっ? そんな……」
 意外な展開に、俺が返答に窮していると、滝本が寝室から寝ぼけ眼で俺を呼んだ。
「哲也、お腹空いたでしょう? 出前を取りませんか?」
 俺は咄嗟に携帯を切って背中に隠した。
「俺、冷し中華がいいな」
「じゃ、清龍にしましょう。あそこの麺は本格的で美味しいから」
 滝本は、俺の動揺には全く気づかず、リビングでごそごそと清龍のメニュー表を探し始めた。
「シャワー、浴びてくる」
 俺は、後ろ手に携帯を隠しながら、素早くリビングを抜けてバスルームに飛び込んだ。用心のためシャワーを出しっぱなしにしてから、池之内氏へ電話しようとしたら、圏外になってしまっていた。
 いきなり切ったりして、彼は怒っているだろうか? だけど伝えるべきことは伝えたから、まっ、いいか。
 ところが、風呂から上がった俺を待っていたのは、滝本と冷し中華だけではなかった。


          act.8
 自宅まで送るという名目で、池之内氏の運転手付きセルシオに押し込まれた俺は、きまり悪くて落ち着かなかった。
 近くまで来たから滝本の様子を見に寄ったなんて、絶対に嘘だ。池之内氏の突然の訪問を、単純に喜んだ滝本とは違い、俺はとても気まずかった。お陰で、せっかくの冷し中華も、ほんの二口、三口食べただけで、あとは喉を通らなかった。
「君とは一度、ゆっくり話をしたいと思っていたんだ」
 滝本のマンションが見えなくなってすぐ、なめらかなバリトンが言った。どうやら俺の無礼を怒ってはいないらしい。
「まだお礼を言ってなかったね。真路を説得してくれてありがとう。真路は、頑固で言い出したら聞かない子だから、君が言い聞かせてくれて助かったよ」
「滝本が……頑固?」
 池之内氏の信じられない発言に、俺は目を丸くした。
「私の義母と妻が、さんざん甘やかしたから、わがままに育ってしまって、困ったものだ」
「わがまま……」
 およそ普段の滝本からは想像もつかない言葉に、俺は首を傾げた。
「聞いてないのかい? 十代の頃は暴走族に入って喧嘩ばかりしていたし、大学時代は女の子と遊び回るのに夢中で、ロクに勉強もしなかった。A学院大卒の君とは、大違いだよ」
 滝本の信じられない過去に、俺は馬鹿みたいにあんぐりと口を開けてしまった。滝本が、不良少年で、ナンパ野郎だったなんて、ちっとも、まったく、これっぽっちも知らなかった。
「静かな店を知っているから、少し飲まないかい?」
 優しい口調で誘われて、悪い気のしなかった俺は、素直に頷いた。


 連れて行かれたのは、銀座のビルの最上階にあるバーだった。その重厚な雰囲気に気圧されて、俺は美人ママに勧められるまま、水割りを口にした。
 接待で飲むスナックの水割りとは比べものにならない濃さの水割りに、俺は瞬く間に酔ってしまった。だけど高価な酒は、心地よい酔いを与えてくれた。まるでフワフワと雲の上を漂っているような感じが気持ちいい。
「私は君にサポート業務を覚えて、真路の良き右腕になってもらいたいと考えているんだ。なぜ、秘書室に入るのが嫌なんだい?」
 あの愚図で鈍くさい滝本の尻ぬぐいをする仕事なんて真っ平だ。内助の功よろしく、女房役を俺に押しつけようという魂胆は最初からわかってたけどさ。俺がネコだからって、なんで滝本のサポートなんかしてやらなくちゃいけないんだよ。
「嫌だから……あなたに利用されるのも、滝本と対等でいられなくなるのも、周りから蔑んだ目で見られるのも……何もかも…嫌だ」
 回らない舌と頭で、俺は呟いた。
「君は、真路を愛してないのか?」
「愛してますよ……俺を気持ちよく達かせてくれる奴なら、みんな…愛してる」
 なんだか投げやりな気分になってきて、俺はケラケラと笑い出した。
「俺を大切にしてくれるなら、別に滝本でなくたっていい」
「君は、子供だな。自分勝手で、人を愛すことを知らない」
 池之内氏の哀れむような一言に、俺はムッとした。確かに彼から見れば、俺は子供だと思う。だけど、赤の他人なんだから、こんな風にずけずけ言うのは失礼だ。
「大切な甥が、とんでもない性悪に引っかかったと、心配してるんですね。でも俺だって一人の人間なんです。滝本専用のおもちゃでもペットでもない」
 頭にきた俺は、胸の中にずっとわだかまっていた不満を吐露した。相手が目上の男だろうが、滝本の叔父さんだろうが、もう遠慮なんてしてやらないぞ。
「俺は愛なんて信じない。人の心は変わるものだし、生きているんだから変わって当然だ。俺は、そんないい加減なものに縛られるのはごめんだ」
「だからと言って、次から次へと男を渡り歩く言い訳にはならないよ。君は臆病で、逃げているに過ぎない。その性格を直さない限り、ずっとひとりぼっちだ」
 池内氏の無神経な言葉に、俺は唇を噛み締めた。そんなこと言われなくったってわかってる。だけど、俺が臆病になったのには、それなりの訳があるんだ。
 俺が初めて好きになった男は、ノンケだった俺に男同士のセックスをさんざん仕込んで、最後は世間体が大事で、遊び飽きたオモチャみたいに俺を捨てた。
 それでも俺は、懲りずに恋をして、他の奴から汚い手を使って男を寝取った。だけど男は、俺の執着が怖いと言って逃げた。
 その次に付き合った奴は、どうしようもない浮気男で、結局、女を孕ませて俺から去って行った。
 同年代の男に絶望した俺は、中年男の優しさに惹かれた。マンネリの夫婦生活に退屈していた男は、離婚調停中だなんて大嘘ついて俺を騙し、俺は乗り込んできた奥さんに、さんざん罵られて、メチャクチャ傷ついた。
 今にして思えば、本当に馬鹿だったと思う。でも、いつだって俺は凄く真剣だったし、永遠の愛を心の底から信じていたんだ。そして恋が破れる度、俺はさんざん泣いて苦しんで傷ついて、愛を信じることがどんなに虚しいことか悟った。
 胸の痛みは、やがてキリキリと激しい胃痛となって俺に襲いかかってきた。
「…っ!」
 あまりの痛みに声をあげることもできず、俺は床にうずくまった。どっと冷や汗が吹き出してくる。
 急激に胃からせり上がってきたものを堪えきれずに吐いてしまい、俺は初めてヤバイと思った。照明を落とした室内でもはっきりわかる鮮血が混じっていたからだ。
 口の中に広がる錆びた鉄の味に、俺は茫然とした。


          act.9
 池之内氏に連れて行かれた病院で、俺は胃潰瘍と診断され、静養と精密検査を兼ねた5日間の入院を言い渡された。
 まな板の上の鯛よろしく、俺はもうどうにでもなれと投げやりな気持ちで目を閉じた。たぶん鎮痛剤が効いたのだろう、吸い込まれるように眠りの海に落ちた俺は、久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
 翌朝、俺は子供のはしゃぐ声に起こされた。病室は二人部屋で、隣は小学校低学年の男の子だった。ガキンチョは苦手だ。滝本が見舞いに来たら、耳栓を買ってこさせようと考えているところに、池之内氏が現れた。
「やあ、気分はどうだい?」
 そう言った彼の左頬は、青く腫れ上がっている。まるで殴られた跡のように……。
 俺がジッと池之内氏の顔を凝視していると、彼は諦めたように苦笑した。
「真路に殴られたんだよ。君が吐血したのは、私が苛めたからだってね。全く、手が早くて凶暴な所は昔と変わらないな」
「ええっ!?」
 滝本の奴、叔父さんを殴ったんだ……それも俺のせいで。
「すみません……」
 申し訳なくて萎縮していると、池之内氏は破顔して側にあったパイプ椅子に腰を下ろした。
「まあ、潰瘍が5つもできるほど君を追いつめてしまったのは私だからね。真路が怒るのも無理はない。それに君が気位の高いお姫様だってことが、よくわかったよ」
 『お姫様』という単語に、俺が思わず眉を寄せると、池之内氏の腕が伸びてきて、俺の額に掌を当てた。
「少し発熱しているね。怠くはないかい?」
 優しいまなざしで問われて、俺は身体の奥に火が灯るのを感じて焦った。やっぱ、いい男だな。
「いいえ、なんともありません。昨夜はよく眠れて、気分はいいです」
「あまり不眠が続くなら、しばらく睡眠導入剤を使ってみてはどうかと担当医が言っていたよ」
「いえ、大丈夫ですから」
「困った子だね。こんなに衰弱してるのに自覚すらないなんて」
 え……衰弱してる? 俺はちょっと驚いた。そりゃ、最近は食欲がなくて少し痩せたし、眠りが浅くて寝不足ってのは感じてたけど。
 当惑した俺は、黙り込んだ。
「ここの院長とはゴルフ仲間でね、頼んだら個室を用意してくれた。後で婦長が案内してくれるから朝食はそちらで摂りなさい」
「ありがとうございます。あの…滝本君は?」
 ふと、滝本のことが気になって尋ねる。シェーバーや着替えといった身の回りのものを持ってこさせようと思ったんだ。
「一時間程前まで、ここにいたんだが、君のご両親を迎えに東京駅まで行ったよ。昨夜、君が眠ってから、真路と相談して、君のご実家に連絡したんだ」
「そうですか」
 お袋が来るという話に、俺はホッとした。一から十まで指示しなけりゃならない滝本より、ずっと頼りになる。
 俺は安心して、池之内氏に促されるまま、横になった。


 朝食の重湯みたいなお粥を頑張って平らげると、俺は病院の公衆電話から会社の山田に電話した。携帯を使うため屋上まで上る元気がなかったからだ。
 事情を説明して、期限の迫った仕事を処理してくれるよう頼むと、山田は快く引き受けてくれた。「困っているときは、お互い様ですから」と気遣ってくれ、俺はひと安心した。
 それから点滴に繋がれて、ベッドでウトウトしていると、昼過ぎになってやっと滝本が現れた。が、お袋の姿も親父の姿もない。
「あれ? うちの親は?」
「今、先生から話を聞いてみえます」
 そう言った滝本は、そわそわと落ち着きがなかった。何か俺に叱られるようなヘマをしたか、隠し事をしているに違いない。
「滝本、何を隠してるんだ。怒らないから、正直に言えよ」
「べ、別に何も…隠してません!」
 俺が猫撫で声で尋ねると、途端に滝本は緊張して後ずさった。なんてわかりやすい奴だろう。
「じゃ、なんでそんなに緊張してんだ?」
「白藤先輩が心配で……」
 滝本は、神妙な面持ちで下手な嘘を吐いた。こいつ、絶対何か隠してる! そう確信した俺が、なおも問い詰めようとした時、病室に親父とお袋が入ってきた。
 親父の顔は酷く強張り、お袋は目を真っ赤に泣き腫らしている。たかが検査入院で、どうして二人ともそんなに暗いんだよ。俺は、単なる胃潰瘍じゃないのか!?


          act.10
  親父とお袋が、また明日来るからと言って、そそくさと逃げるように帰った後、俺は病室に滝本と二人きりになった。
「滝本、ちょっとここに座れ」
 俺は、さっきまで親父が座っていたパイプ椅子を指さして滝本を呼んだ。滝本が、怖ず怖ずと言われたとおり椅子に座る。
「おまえ、俺のこと、愛してるよな?」
 満面の笑みをたたえて、俺は穏やかに訊いた。
「はい、もちろんです」
 滝本は、何を言われるかと動揺を隠しきれない様子で頷いた。
「だったら、俺に嘘を吐いたり、隠し事をしたりしないよな?」
 ベッドから身を乗り出して、俺は滝本に詰め寄った。チッ、点滴が外れそうでこれ以上、近づけないや。
「俺、もしかして癌とか、ヤバイ病気なのか?」
「ち、違います!! 先生は癌の心配はないって言われました。それは、哲也も先生から聞いてるでしょう?」
「じゃあ、何でお袋が泣いてたんだよ。おまえ、何か知ってるだろう?」
「……それは…その……」
 視線を彷徨わせ、腰を浮かしかけた滝本の肩を、俺は逃げられないよう点滴に繋がれていない右手でしっかり掴んだ。
「俺に隠し通せると思うなよ。今、正直に話したら絶対、怒らないって約束するから言えよ」
 滝本は、絶体絶命って顔で俺を見つめた。思わず俺も緊張して、声が掠れた。
「滝本、何を隠してるんだ? さあ言えよ」
「うぅ…ごめんなさい! 俺が馬鹿だったんですっ!!」
 意を決したように、滝本は半泣きで叫んだ。
「哲也のご両親に、俺達が恋人同士だってバレちゃいました!!」
 一瞬、頭から冷水をぶっかけられたような感じがした。……おい、今、なんて言った? なぁ、滝本……
 俺は、ショックのあまり、頭が真っ白になって動けなかった。


 俺の両親を迎えに行った滝本は、早く俺の枕元に戻りたくて焦っていたらしい。昨夜からずっと俺は昏々と眠り続けて、目を覚まさなかったからだ。俺がこのまま目を覚まさないのではないか、もしかしたら死んでしまうのではないかと滝本は不安だったそうだ。
 で、お袋に、俺の部屋へ身の回りのものを取りに行きたいと言われて、それなら自分のマンションにも一通り置いてあるし、病院にも近いからと、間抜けにも自分のマンションに案内した。
 そして俺の両親の目の前で、滝本の部屋に置いてあった俺のパジャマや下着、歯ブラシやシェーバーなどをボストンバッグに詰め込んだ。
 滝本は、「一つしかないシェーバーを持ち出しては、困るでしょう」と言うお袋に、自分はカミソリ派で、「これは『白藤先輩』用に買った物だから平気です」と墓穴を掘った。
 さらに滝本は、新しい下着を買いたいというお袋をデパートに連れて行って、俺のサイズをテキパキと選び、よせばいいのに緊張のあまり俺の好みの色やデザインまで、ペラペラとしゃべってしまった。
 これでお袋に、俺達の関係を勘ぐるなという方が無理ってもんだ。眉間に皺を寄せて凄まじい剣幕でお袋に問い質された滝本は、その迫力に負けて、俺達の関係を白状してしまったというわけだ。


 事の次第を聞いて、俺は怒りのあまり点滴の支柱を掴んで振り上げた。
「こ…のっ、スカタンっ!! ボケっ、アホっ、マヌケっ!! なんでシラを切りとおさないんだよッ!!」
「わああぁ!! 哲也、危ないっ!」
 滝本の頭の上に振り下ろそうとした支柱を、滝本は太い腕でしっかりと掴んで俺を押さえ込んだ。
「ダメです、点滴が外れちゃいます! 落ち着いて下さい!!」
 俺の人生最大のピンチを招きやがった張本人を前に、落ち着いてなどいられるかっ!! 騒ぎを聞きつけて飛んできた看護婦と二人がかりでベッドに押さえつけられ、俺は悔し紛れに叫んだ。
「出て行け!! おまえの顔なんて見たくないッ!」


          act.11
 今まで修羅場はいくつも経験したけど、これほどサイテーなのは生まれて初めてだった。一体、これまでの俺の努力は何だったんだ!? わざわざ実家から遠く離れた東京に就職して、不自由な一人暮らしをしてきたのは、すべて両親に自分の性癖がバレないようにするためだったのに。
 あまりのショックと怒りで、俺は熱を出してしまった。夕食もほとんど喉を通らず、明日、両親が面会に来た時、どんな顔をすればいいのかと途方に暮れていた。
 ベッドの中で、悶々としながら何度も寝返りを打っていると、病室のドアが小さくノックされた。どうせ滝本が謝りに来たのだろうと思った俺は知らんぷりを決め込んだ。
「哲也、入るぞ?」
 遠慮がちな親父の声に、俺は飛び起きた。今夜は俺の部屋に泊まって(お袋は合い鍵を持っている)、明日また来ると言って帰ったはずなのに。
「父さん……」
「少し話したいことがあってな」
 親父は目を伏せたまま、俺の顔を見ようとはしない。俺の視線を避けるようにベッドの足元に腰を下ろした。俺もバツが悪くて、まともに親父の顔が見られなかった。
「哲也、融資の件は断るから、おまえは無理に滝本君と付き合わなくてもいいからな」
 親父は、酷く気落ちした声で言った。
「おまえには、本当にすまないことをした。あれほど融資を渋っていた銀行が掌を返したように承諾してくれた時に気づいていればよかった」
「ええっ!? 融資ってなんだよ。うちってそんなに大変なのか!?」
 俺は寝耳に水で、ビックリして大声を上げてしまった。
「母さんから聞いてないのか? 先月、うちの工場でボヤが出て、機械の半分がダメになったって」
 親父と俺は、初めて互いの顔をまじまじと見つめあった。小さな沈黙。やがて親父は目を伏せて言った。
「とにかく、もう無理はしなくていい。確かに滝本君は優しい子だが、おまえがどんなに励んでも、彼に子供は産めないからなぁ」
 滝本が、俺の子供を産めない? それを言うなら、『俺に滝本の子供は産めない』というのが正しい。
 だけど俺はそれを指摘して、藪蛇になるようなアホじゃない。親父の勘違いはありがたく無視することにした。親父にしたって、息子が年下のガキに突っ込まれてるなんて事実は認めたくないだろう。
「俺…あいつのこと、嫌いじゃないよ。俺のわがまま、何でも聞いてくれるし、俺のこと、すごく大事にしてくれるから……」
「だったら、どうして胃潰瘍なんかになったんだ。我慢してるんじゃないのか?」
 俺は、親父の労るような口調に、つい本当のことを白状してしまった。
「それは……あいつがロンドンへ転勤することになって、離ればなれになるのが嫌だったんだ」
「そんなに好きなのか」
 俺は親父のつぶやきに唖然とした。『そんなに好き』って、どういう意味だよ。もしかして俺は、滝本が好きだから、別れるのが辛くて胃潰瘍になったのか?
「……嫌いじゃないよ」
 俺は戸惑いながらも小さな声で訂正した。
「だから、好きなんだろう? おまえは母さんに似て素直じゃないなぁ」
 呆れたように言われて、俺は恥ずかしくて掛け布団を引き寄せた。
「おまえが本当に滝本君のことが好きなら仕方ない、孫は諦める。心配するな。父さんは、おまえの味方だ!」
 俺の胃潰瘍が、自分のせいではないとわかった親父は、すこぶる寛容だった。俺は、お袋の尻に引かれまくっている親父に味方されても、あんまり嬉しくないと思った。


 親父が帰った後、ドッと疲れが押し寄せてきて、ぐったりとベッドに横たわった。いろんな事がありすぎて、脳味噌がオーバーヒートしたように何も考えられない。
 消灯時間はとうに過ぎている。俺は考えることを諦めて、眠ろうとしたのだが、高ぶった神経は俺に眠りを許さなかった。仕方なく、目を閉じて頭の中で羊を数えていると、黒い人影が室内に忍び込んできた。すぐにそれが滝本だと気づいた俺は、狸寝入りを決め込んだ。


          act.12
 滝本は息を潜めて俺に近づくと、俺を起こさないようそっと俺の手の甲にキスをした。そして俺の掛け布団を丁寧に直すと、入って来た時と同じように、静かに出て行った。
 俺はベッドの上に起き上がり、滝本が出て行ったドアを見つめた。手の甲に残る滝本の唇の感触。それがどんどん拡がって、気が付くと俺は素足のままで廊下に駆け出していた。
 今まさに、開いたエレベーターの中に消えようとする滝本を見つけて、俺は夢中でエレベーターの中にダイブした。
「哲也……!」
 驚いた滝本の声と共に、エレベーターのドアが閉まる。わずかな距離を駆けただけなのに、俺は息が切れて立っているのも辛かった。滝本の逞しい腕が伸びてきて、身体を支えてくれなければ、その場に座り込んでしまっていただろう。
「何で…黙って帰るんだよっ」
 猛烈に心細くて、俺は声が震えてしまった。
「怒ってるんじゃないんですか?」
「怒ってるさ! 勝手に親にカミングアウトされて怒らない奴がいるなら、お目にかかりたいね!」
 唇を尖らせて悪態をつきながらも、俺は滝本の背広の前襟をしっかり握りしめて離さなかった。
「本当にすみませんでした」
 素直に頭を下げる滝本のつむじをポカリと殴りつけてやる。
「お袋を泣かせやがって! もう実家に帰れないじゃないか、どうしてくれるんだよっ、大馬鹿野郎!」
「責任を取らせて下さい」
 滝本が、酷く真面目くさった顔で言った。
「俺は、哲也の人生に責任を持ちたいんです! 結婚して下さい!!」
 …………こいつ、正真正銘の馬鹿だ。そりゃ、前からわかっちゃいたけどさ。まぁ、こいつの魂胆なんてわかってる。永遠を誓えば、俺がロンドンに付いて来るとでも思ってるんだろう。
「あのなぁ、滝本。日本の法律じゃ、同性同士の婚姻は認められてないんだぞ?」
 俺は、思いっきり冷たい声で言ってやった。
「アメリカとかスウエーデンとか、認められている国もあるのに、絶対に、どうしてもダメなんですか?」
「うん」
 俺が即答すると、滝本はしょんぼりと肩を落とした。なんか、こいつ、可愛いかも。そう、例えるなら、どんなに邪険に振り払っても、懸命に尻尾を振ってジャレついてくる子犬のようないじらしさだ。
「俺、ロンドンには行きません。哲也の側にいます」
 滝本は、何か思い詰めたような声で呟いた。おい、こら、何だって!? 滝本がロンドンに行かなければ、池之内氏にネチネチと嫌みを言われるのは目に見えてる。滝本の姉さんにだって、ますます嫌われるじゃないか。
「ダメだよ。ロンドンへの転勤は、おまえの将来のために必要な事なんだから」
 俺は小さな子供に言い聞かせるように、優しく言った。なんとか、うまく言いくるめないと……。
「もう意地を張らないで下さい。哲也だって離れ離れになるのは不安なんでしょう? こんなに痩せて、胃潰瘍になったのだって、きっとそのせいだ」
 その瞬間、俺は病院に運び込まれた時、診察してくれた医者の呆れ顔を思い出した。
「そう言えば体調の優れない俺を、ヤリ溜めと称して何時間もヤリまくったのは、どこのどいつだっ! おまえが付けまくったキスマークに、俺がどんなに恥ずかしい思いをしたかわかってるのか!?」
 メラメラと燃え広がる怒りを押さえることができず、俺は滝本の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけた。ダメだ、俺…完全に情緒不安定だ。自分で自分の感情をコントロールできない。
「もう、おまえなんか嫌いだ! とっとと、ロンドンへ行っちまえ!!」
 やけくそで叫んだ途端、俺は凄い力で抱きすくめられた。
「哲也の側を離れるなんてできないっ! 俺と一緒にロンドンへ来て下さい。お願いしますっ!!」
 かき口説くように懸命に耳元で懇願され、俺は滝本が震えているのに気づいた。滝本は、とてつもなく真剣なんだ……。


           act.13
 俺は胸の中で、急速に膨れあがっていく愛おしさに舌打ちした。どうかしている、こんな脳天気なガキに溺れるなんて。
 滝本とは、男と別れた寂しさを埋めるためだけに、付き合ったのに。お子様の滝本は、全然、俺の好みのタイプじゃなかったのに。いつ終わっても傷つかずに済む相手だと思っていたのに……。
 だけど俺は、嬉しかった。これまで悲惨な恋愛ばかりしてきた俺が、性懲りもなく誰かをもう一度、愛せるなんて我ながら凄いと思う。そして頑なな俺の心を掴んだ滝本は、もっと凄いと思った。
「先のことはわからないし、永遠なんて誓えない。それでもいいか?」
「はい! 何も望みませんから……ただ一緒に居てくれるだけでいいんです」
 俺は、ふわふわと舞い上がるような幸福感に酔っていた。もしかしたら、熱のせいかもしれないが、とにかく久しぶりに胸のつかえが取れて、いい気分だった。だから俺は、やっと素直になれたんだと思う。
「わかった、おまえと一緒にロンドンへ行く」
「哲也っ…!」
 滝本は感極まったように俺を見つめて絶句した。そうだよ、おまえの粘り勝ちだ。こんなにも忍耐強く、がむしゃらな一途さに、勝てる奴なんてそうそういない。
「ありがとうございますっ!! 絶対に幸せにしますから!!」
 おい、プロポーズにYESと答えたわけでもないのに、そのセリフは何だよ。俺は文句を言ってやろうと口を開きかけたが、滝本があんまり幸せそうに笑っていたのでやめた。
 なんだか、こっちまで幸せな気分になってくるから不思議だ。そうして俺は、滝本に抱きしめられる心地よさに、うっとりと目を閉じた。


 組織検査の結果、俺は良性の急性胃粘膜病変と診断され、時間はかかるが内科的治療だけで完治できると言われてホッとした。癌とか、悪性の病気でなくて本当に良かった。
 死んでしまったら、滝本とこんな風にセックスできないもんなぁ。俺は、背後からゆっくりと入り込んでくる滝本の大きさに圧倒されながら、ふと思った。
 こいつが、俺の仕込んでやったテクニックで、俺以外の誰かを悶えさせるなんて、絶対許せない!! なんてったって初めの頃の滝本は、ガンガン突きまくるしか能のない、テクなしの早漏野郎だったんだから。それを手取足取り、時には足蹴りをかましながら、ここまでに育てた努力の結晶を他人にくれてやるなんて、腹立たしい限りだ。
「どうしたんですか? 久しぶりでキツイ?」
 躊躇いがちに訊かれて、慌てて首を横に振る。焦れったいほど時間をかけて解されたそこは、すでにローションでグチョグチョで、指よりももっと太くて熱いものを求めて、貪欲にヒクついている。
「もっと奥まで……欲しい」
「それじゃ、遠慮なく」
「ひあッ、ア……アアァッ…!!」
 いきなり最奥まで貫かれて、嬌声が迸る。滝本は、根本まで一気に俺の中に納めると、労るように俺の肩口にキスの雨を降らせた。
「凄い、絡みついてくるっ!」
 円を描くように腰を使いながら、滝本が欲情にうわずった声で囁いた。カリのところがうまい具合に、俺のいいトコロを擦り上げ、ゾクゾクするような快感が全身を走り抜ける。
「ふ…あっ、そこ……いい……もっと!」
 濡れた声で強請ると、すぐにより強い快感が与えられる。なんて、いいんだろう。滝本の大きさ、固さ、熱さ、すべてが好きだ。いっときでも、この『お気に入り』をあきらめようと考えた俺は馬鹿だ。
「愛しています。俺は哲也になら永遠を誓えます」
 ゆるゆると突き込みながら熱っぽく囁かれて、俺は小さく頷いた。例えピロウ・トークに過ぎないとしても、それは俺の頑なな心を溶かす力があった。凍てついて、ささくれ立った心が、優しく癒されていく。俺は、もう一度だけ、永遠を信じてみたいと思った。
「たき…もと、キスしよう……誓いの…キスだ」
 快感に喘ぎながら、なんとか言葉を紡ぎ出すと、滝本は背後からの苦しい体勢で、嵐のように激しいキスをくれた。


          act.14
 行為に没頭していた俺は、乱れた呼吸が整い始めてやっと、自分が泣いていたことに気づいた。
「大丈夫ですか? 激し過ぎましたか?」
 心配そうに顔をのぞき込まれて、照れ臭さに慌てて顔を背ける。滝本は、俺を気遣いながら、まだ繋がったままのそこに、そっと指を這わせた。
「あっ、ヤダっ…!」
 痺れるような快感が波の波紋のように広がって、俺は唇を噛みしめた。
「切れてはいないようですね。良かった」
「早く抜けっ!!」
「今夜は一回だけの約束だから、もう少し哲也の中にいさせて下さい」
 そう言えば、そんな約束をしたっけ。このエロ犬は、退院した俺を病院から直行で、自分のマンションに連れ込んで押し倒したんだ。俺のマンションでは、タクシーで先に戻ったお袋が待っているというのに……。
 とにかく退院したばかりで、外泊なんてとんでもない。俺の世話をするため、しばらく東京にいることになったお袋に、くどくど説教されるのは真っ平だ。
「あと5分だけだぞ?」
 滝本が図に乗らないよう、厳しい声で念を押す。
「はい、ありがとうございます」
 律儀に礼を言われて、俺はなんとも気恥ずかしかった。何度身体を繋げても、決して今までの男のように、滝本が俺の身体を自分のモノ扱いしないのには感心する。
「哲也のここは、初めは指一本でも拒むのに、愛情と時間をたっぷりかければ、最後はちゃんと俺のを根本まで受け入れてくれるんですよね」
 滝本が、結合部分を指先で弄くりながら、ひどく感慨深げに呟いた。
「バ、バカっ! 止めろって!! 俺はまだ、うちに帰って英会話の勉強をしなくちゃならないんだ」
 危うく煽られそうになって、俺は滝本を叱咤した。滝本は名残惜しそうに渋々と手を引っ込める。
 そう、俺は今、二ヶ月後に出発するロンドンでの学生生活に備えて、留学英語を猛勉強しているんだ。滝本と一緒にロンドンへ行く決心をした翌日、池之内氏は、上機嫌で見舞いにやって来た。そして俺は、彼の薦めで、むこうのビジネス・スクールで国際経営理論を学ぶ事になった。
 ありがたいことに、秘書室に籍を置いたままの研修という形にしてもらえたため、学費は会社持ちだし、わずかだが給料まで出る。池之内氏いわく、「真路に勉強させるより、ずっと有意義な投資」だそうだ。
 およそ向学心のカケラもない勉強嫌いの滝本に、経営学を学ばせるより、将来、滝本のサポートをする俺に経営理論を身に付けさせる方が手っ取り早いというわけだ。その代わり、俺はロンドンで滝本に養われるという情けない状況を避けられるし、万一、滝本と別れるような事になっても、留学経験は俺のキャリアとして貴重な財産になる。
 全く、池之内氏らしい心憎いほどの配慮だった。後で知ったのだが、彼は俺を実家に連れて帰ると言い張るお袋を説得するために、この先もずっと俺を滝本の部下にしないで、自分の部下として扱うという約束までしたらしい。俺は、不肖の息子のプライドを心配してくれたお袋に、心から感謝した。
「哲也……俺は、あなたを泣かせたり、辛い思いをさせたりしないように、強い男になります。だから、たくさん笑って、なんでも話して、ずっと仲良く手をつないで生きていきましょうね」
 滝本が、俺の掌に指を絡めながら、優しい目をして言ったので、俺は小さく笑って肯いてやった。
 こいつが『強い男』に成長するには、気の遠くなるような努力と試練、そして長い長い時間が必要だ。きっと苦労するだろう。死ぬほど後悔するかもしれない。だけど、本気で人を愛すというのは、そういうことだ。
 俺は、重ねられた掌を見つめながら、小さな声で呟いた。
「死がふたりを分かつまで……おまえと一緒に生きていきたい。永遠なんて誓えないけど、それを祈ることはできる」
 その途端、俺の中に入ったままだった滝本の分身が、グンっと容積を増して、俺は慌てて叫んだ。
「こらっ!! 何、考えてんだよ、バカヤロウ!」
「だって、哲也が嬉しいこと言ってくれるから……。大丈夫、すぐ終わらせますから、いいでしょう?」
 言いながら巧みに前を扱かれて、滝本を押しのけようとしたはずの俺は、反対にしがみついてしまった。抗議の声は、甘い嬌声となって唇を零れ落ちる。
「ふ…あっ、ダメっ…んんん……」
 畜生、覚えてろよっ!! おまえには、二度と甘い言葉なんか囁いてやらないからな! 情熱的なリズムに狂わされながら、俺はせめてもの抵抗とばかりに、滝本の背中に爪を立ててやった。
                       END 

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